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2017年11月5日 - 2017年11月11日

今年は天気に恵まれた・・・ 野方「第三秋元屋」

2017/11/4(土)

秋の読書週間恒例の「神保町ブックフェスティバル」。近年は雨に降られる事も結構あったが、今日は昨日同様に良い天気。神保町のメインストリート「すずらん通り」に、各出版社がワゴンを出してセール。

昔は2~3割引が相場だったが、近年は半額のところが多い。出版不況の中、何とか在庫をさばきながら読者サービスもという会社が多いのだろう。自分も何冊か買おうと考えたが、軍資金を考えて自重。家には、まだ読んでいない本が山積みだ・・・

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午後からは明治大学のリバティータワーへ転戦。リバティアカデミーの無料講座「幕末の雄藩 薩摩と越前」。福井県と明治大学の連携講座のようだ。始まる前に、福井県のPRビデオを流している。我が家は自分が鹿児島で、家人は福井。ぴったりの講座(笑)。

まずは作家の加来耕三が登壇。会場は、自分を含めてジジババばかり。来年の大河ドラマ「西郷どん!」に対して一くさり。大河は伝統的に幕末モノでは視聴率がとれない。とるには、歴史を無視しないと。そうか。

西郷隆盛は難しい、と。人生の前半と後半で全く違うし、それぞれも2つに分かれる。都合4つの時代を考える必要がある。「農業をみていた下級武士時代」「島津斉彬に取り立てられた外交官時代」「明治維新に向けた軍司令官時代」そして「西南の役」。

外交官時代に、一橋慶喜を14代将軍にしようと奔走。その時の同志が福井越前藩の橋本左内だった。朋友・橋本左内は安政の大獄で死に、自分の親分・斉彬候も突然病死。ここが、前後半を分ける最大の分岐点。この後、島流しだからね。

西郷隆盛は、最後の最後まで橋本左内の直筆の手紙を持ち歩いていた。橋本左内とか横井小楠、由利公正とかの福井系の人をあまり知らんな。もう少し、いろいろ本を読んでみるか。

小一時間の講演の後で選手交代。今度は福井県立郷土歴史博物館の館長の角鹿尚計が登壇。やはり将軍継嗣問題を中心に語る。松平春嶽候も、よく知らんなぁ。もちろん斉彬と並んで、幕末の四賢候にあげられているのは知っているけど。

でも実際に、どういう影響をおよぼしたのか知りません。勉強不足。「明治」とかの元号制定にも関わっていたと。へ~。最後に明治大学の落合教授も交えてパネルディスカッション。来年の大河は薩摩だし、丁度良いので少し勉強してみますか。

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帰りに久々に野方「第三秋元屋」に顔を出す。土曜日の16時半過ぎ。客は少ない。本店は大繁盛なのに、近くのこの店が空いているのは何時もながら不思議。自分は、こっちの方が気が楽だけどね。もう本店はマスタくらいしか顔知らないし。

「レバーフライ」を食べて、焼き物を少々。ここの「ハムステーキ」も好きだなぁ。やっぱり土曜日は「秋元屋」で「ヨジアキ」に限る。。。

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いよいよ母校も取り壊しか・・・

2017/11/3(金)

想定外の晴天。やはり「文化の日」は、昔の「体育の日」と並んでハレの特異日。天気が良いので、今日は中野を散歩しますか。新井薬師前駅からスタート。中三の最後の頃、家が引っ越して電車で中学校へ通った。その頃の通学路を進む。

途中の住宅地。大きなお屋敷が残っている。ここが何を隠そう、唱歌「たきび」発祥の地なのだよ。「垣根の、垣根の、曲がり角・・・」。どこの垣根かは判らんし、何となく自分のイメージより高い気もするが。でも説明看板まで出ている(笑)。

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紅葉山通りを南下。JRのガードをくぐると中野図書館。この裏が、紅葉山公園。我らが母校・中野九中が目の前。この公園で「告った」「告られた」という逸話は数多くあれど、自分には無縁。今も昔も、モテた事がない。公園の紅葉は、まだなのか終わったのか?

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では九中跡を一回り。学校統合で中央中と一緒になり、今は「中野中」としてセントラルパークの方に移転。ここ最近は堀越学園が一時的に使っていたが、いよいよ取り壊すという風の噂。本当だ。校庭側で掘り返しとかが始まっとる。この校舎の姿も、あと僅かか(涙)。

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気を取り直して、散歩を続行。大久保通りに出て、少し東へ。さいとうプロダクションのビルがある。かの名作「ゴルゴ13」は、この地で生まれ育ったのだよ。

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暫く進んで、住宅地に入り南下。次に目指すは宝仙寺。青梅街道に面し、かつての中野の中心地。最近は葬式でしか来なかった。昼間にお詣りに来るのは久しぶりだ。付属の幼稚園では、入園面接をやっているようだ。

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青梅街道で向きを変えで西へ。最後に目指すのは、もう一つの母校・桃園第三小学校。ここも学校統合で、校名が桃花小に変わってしまった。しかし場所も校舎も昔と変わらず。校門脇には、シンボルの大けやき。

けやきは大枝を切り落としたりしながら、何とか生き残っている。こっちも酒ばかり飲んでいるけど、何とか生きているよ。けやきの根元には、昔からの二宮尊徳像。あれ。この裏手に、我々の卒業制作があったはずだが、撤去されたか・・・

時代は変わり、あちこちで建物も建て替えられていく。過去にしがみついてノスタルジーに浸るのは、未来のない酒飲みオヤジだけか。。。

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少しは落ち着いてきたか・・・ 東中野「丸松」

2017/11/2(木)

予定よりも少し早い時間に東中野に到着。駅の南側へ。「丸松」を目指す。今年の3月オープンだから、もう半年以上経つけど相変わらずの超人気店。やっぱり満員? 詰めてもらって、辛うじてカウンタの焼き台前に入れた。これでも一時よりは客足が落ち着いたか。

まずは「ポテマカサラダ」から行きましょう。「ポテサラ」と「マカロニサラダ」の合盛り。「丸松」の「マカロニ」は、ルーツの「秋元屋」同様にフリッジを使用。ツナで和えてあり、マヨネーズを使っていない。旨し。

短期決戦。すぐに焼き物へ移行。「カシラ」はミソ味で。割と落ち着いた味。自家製の「つくね」が絶品。コリコリした所を上手く残して、生姜が利かせてある。やっぱり旨いな「丸松」は。座席数が少ないので待つリスクもあるが、また寄らせてもらいます。。。

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映画「すばらしき映画音楽たち」

2017/11/1(水)

見逃していた映画。しかも緊縮財政下。何とか安く見られないか、と待ちに待った月初め。今日まで上映が続いていて良かった。毎月1日は7百円も安いからね。渋谷イメージフォーラムへ向かう。今日は1Fの小さい方の部屋だ。

映画音楽の歴史を概観でき、かつ名画のいいとこどりシーンに音楽がどう使われているかまで見られる美味しい映画。サイレント映画時代にも、映画館にはオルガンがあって映画に合わせて音楽をつけていた、と。へ~。

「キングコング」。例のエンパイアステートビルに登るやつね。あの映画は、バックの音楽がなければ成り立たなかった。そして「ロッキー」。確かに、「ロッキー」はあのテーマがなければ成立しませんな。

映画音楽も時代と共に変遷していく。フル・オーケストラから、ジャズを取り入れた新時代へ。そして60年代後半からはロックなどの楽曲の導入。「卒業」のサイモン&ガーファンクル、「イージーライダー」のザ・バンド、それぞれのワンシーンに涙する怪しげなオヤジ。

そして70年代は、何といってもジョン・ウィリアムスの時代。スピルバーグとジョン・ウィリアムスの若き日の映像。「ジョーズ」から始まり、「スターウォーズ」「未知との遭遇」を経て、「インディ・ジョーンズ」。そして「ET」。我々の青春そのものを彩った映画音楽たち。

映画音楽を作ってきた綺羅星のような作曲家たちのインタヴューや映画映像が、惜しみなく次々に映し出される。「007」「ピンクパンサー」「荒野の7人」から「ロード・オブ・ザ・リング」「マッドマックス」・・・

あと、レコーディングスタジオの様子も。「アビーロード・スタジオ」とかのイギリスのスタジオは柔らかい音が採れるけど、ロスのスタジオは活気溢れる音になる、とかね。オケは時間がないので、楽譜を渡されて初見でいきなりとるのか。凄いな。

最近のスーパー・コンポーザはハンス・ジマー。「パイレーツ・オブ・カリビアン」とか「グラディエーター」「ダークナイト(バットマン)」とかね。へ~。彼はバグルスのバックアップ・メンバーだったのか。「ラジオスターの悲劇」の後ろで弾いてる映像が(笑)。

我々がガキの頃は、情報源はラジオ。ラジオを聴いていると、ロックやポップスのヒット・チューンもかかるけど、同じように映画音楽も流れていた。だから、今でもあの頃の映画音楽を聴くと、青春が蘇ってくるのだよ。またCDとか探しに行かなくちゃ。。。

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郊外型の店に行くのは一苦労 本川越「大(ビッグ)」

2017/10/31(火)

夕方。東京の北の方で、某社の打合せから早めに解放される。宇都宮線(昭和の頃は、こんな名前ではなかった)に乗り込むマスクした怪しいオヤジ。目指すは栗橋。早くしないと、もうすぐ日が暮れる。

駅から歩くと30分。郊外型の書店とかショッピングモールに行くのは、結構大変だ。この辺りは埼玉県の北端、ほとんど栃木県。道を行くと、すぐに畑が広がる風景に出会う。途中にポツポツとスーパーやドラッグストア。

ようやく目的地に到着。カインズモール大利根。ここの一角に、栃木の書店の雄「うさぎや」が新しくTSUTAYA店舗を出店したと。ここは住所でいうと埼玉県加須市になるのかな。タリーズや携帯ショップなどを複合した300坪ほどの店だ。

店を拝見。最近の書店は、雑誌売場をコンパクトにしてあるのが、どうも我々オヤジ世代には違和感がある。でも雑誌のダウントレンドを見ると、適正規模なんだろうね。児童書コーナには遊び場。通路も広くとってあって、座り読みできるソファも何か所かに配置。

お~。「うさぎや」が旗を振ってベストセラーになった大山淳子『あずかりやさん』のコーナだ。書店起点で積極的に本を売っていく、という動きは良いなぁ。しかも著者は自分の数少ない知り合い作家だ(笑)。

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駅と往復したら日が暮れた。栗橋で飲むか? 実は過去にも飲んだ事があって、飲み屋も知っている。でも今日は、もう一軒行きたい本屋があるのだよ。移動して川越。クレアモールを歩いていると、何人かの仮装した人とすれ違う。ハロウィンか。

我々がガキだった頃、日本にはハロウィンなんて習慣はなかった。だからスヌーピーの「ピーナッツ」シリーズで、ライナスがパンプキン大王の話をするマンガが出てくる度に「何じゃこれ」と思ったのであった。昭和は遠くなりにけり・・・

本川越駅の駅ビル「ぺぺ」。ここの4Fにある「リブロ」が、今月リニューアル・オープンしたと。これか。売場を少しコンパクトにして、レイアウトも変更。児童書と学参のコーナを充実させた感じ。雑貨も導入。ここの客層に合わせたんだろうけど、どうなるかね。

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さて。もう19時過ぎだ。軽く飲みますか。この駅に来ると、裏手の西口を出てすぐの居酒屋「大」小江戸店に寄るのが最近の定番。無事、カウンタの一番奥に陣取る。黒ホッピー。今日のお通しは、ソーセージも入ったトマト味の煮物だ。嬉しい。

まずは定番「鶏もつ煮込み」。一人用の鉄鍋にたっぷり盛られて、卵まで入って登場。ナンコツとかレバとか、様々な部位のモツが入っていて楽しい。卵を使って、すき焼き風にも食べられる。これで350円というのはイイね。

新メニューから今日は「赤ホルモンのネギ塩辛揚げ」にチャレンジ。本当だ。ピリリと辛くて、よいツマミになる。これも300円。さて。もうすぐ20時。最後に「焼鳥盛り合わせ」タレを食べて帰りましょう。今日は、よく歩いたな。。。

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今回はオムカレー! 淡路町「一番どり」

2017/10/30(月)

御茶ノ水界隈のカレーを食べ歩く企画。今回のターゲットは「オムカレー」。実は、前々から気になっている店がある。淡路町の靖国通り交差点。スタバ隣の地下の居酒屋「一番どり」。かれこれ10年以上前に飲んだことがあるが、ランチでは初訪問。

12時半前。ありゃ満席か、と思ったら丁度帰る人がいた。ラッキー。オーダは「オムカレー」。セットだと小うどんが付くらしいので、セットで。デブのコツですな。お新香がお茶と一緒に先着。そこから結構待って、本体が登場。

お~。これか。平たい面積の大きい丼の上層部一面にトロトロ系の卵。まぁカレーの卵とじですかね。では一口。これは旨い。どうせチェーン居酒屋だから、と期待していなかったがフワトロの卵はいい出汁がきいている。

しかも、その卵の下に隠れているカレーが結構旨い。しっかりとジャガイモとかニンジンが入っている。辛さはあまりないが、しっかりしたカレー。福神漬けも脇を固める布陣に抜かりはない。うどん共々、一気に完食。腹一杯じゃ。

本当は、ここのランチメニューでもっと気になっているのが「テンカラ定食」。唐揚げが10個と言わず14個ほど載っているらしい。揚げ物大王としては、一度はチャレンジしたいところ。「オムカレー」が予想外に旨かったので、今度は「テンカラ」。今から楽しみじゃ。。。

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企画展「大正から昭和へ」(中野区立歴史民俗資料館)

2017/10/29(日)

「歴史民俗資料館」で、「大正から昭和へ」と題し、写真や地図を使って中野の変遷を見せる企画展示をやっている、と。行かないと。沼袋駅から北上して、新青梅街道沿いの一角。歩いて10分もかからない。

2階の展示室へ。「地図と写真で大正・昭和」「都市区への歩み」「関東大震災前後の話」「娯楽・繁華街」「名所・旧跡・文化財」の5つのコーナで展示。では、まずは地図と写真から拝見。こうやって見て行くと、あの場所は昔は何だったのかが良く判る。。

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おお。我らが母校、桃三の昔の木造校舎の写真。こちらは鍋横の雑貨店。今は亡き「江藤」の源流かな。中野駅北口、今のサンモール辺りの様子。終戦後の闇市。今の北口の飲み屋街は、闇市の雰囲気を色濃く残している。

地図を見ていると、中野駅南口の駅前団地の所は、昔は日本自動車会社の工場だったんだね。へ~。北口の映画館。昔は「中野大映劇場」。それが「武蔵野館」になったのが我々が子供の頃。その後バブルの頃にブティックホテルとミニシアターに。今はパチンコ屋だ。

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段々新しい時代。完成したアーケード。我々が子供の頃は、こんな感じだった。青梅街道に都電が走っていた。最後の花電車を見た、朧げな記憶。区役所は昔、南口の今の中野郵便局の所にあったんだよね。最近、中野区ではHPでこの辺りの写真を公開している。

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企画室の外廊下では別の企画展示「オリンピック前後の中野のようす」。念のために言っておくと、1964年の開催された、前の東京オリンピックね。中野駅の南側、北側の写真。我々が子供の頃、南口ロータリィは正にこんな感じ。映画宣伝の大看板があったりね。

そうか。あの時、聖火は開会式の前日に青梅街道を走っているのか。中野天神前で杉並区側のランナーから手渡され、成子天神前で新宿区のランナーへ。貴重な記録写真。自分はリアルに見ていないなぁ。開会式のブルーインパルスの五輪の輪は記憶にあるけど。

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なかなか貴重な企画展示であった。思わず2時間近く見入ってしまった。こういった企画展や、ホームページなどを使っての昔の資料の積極公開。今後も期待してまっせ。。。

企画展「大正から昭和へ」(中野区歴史民俗資料館):~2017.11.12(日)

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