文化・芸術

企画展「8時だョ! 全員集合」(杉並区郷土博物館分館)

2017/12/10(日)

若い衆はご存じないだろうが昔、「8時だョ! 全員集合」というお化け番組があった。土曜日の20時からというゴールデンタイムに、視聴率40~50%というトンデモナイ人気。PTA(これも死語か 笑)に毛嫌いされたが、我々子供は欠かさず見たもんじゃ。

出演するは、いかりや長介率いるザ・ドリフターズ。ドリフも、長さんも荒井注も亡くなり、加藤茶もボケ老人(?)。高木ブーがウクレレで気を吐いているか。志村けんよりも、その前の荒井注の時代の方が、自分はよく見ていたな。

そんなお化け番組は公開放送で、毎週首都圏のホールをあちこち使って収録していた。杉並公会堂(といっても、今の前のボロかった時代)で、昭和45年8月8日に収録があった。その時の資料などを中心とした企画展がひっそりと公開されている。

会場は「杉並区郷土博物館分館」。荻窪駅から教会通りを抜けて住宅地に入った一角。その昔、今は暗渠になっている桃園川の源流を探す散歩をした時に、最後に辿り着いた公園だ。確かに、杉並公会堂と近いので、その縁でしょうか。

今回の展示は入場無料。2階の展示室は大盛況。しまった、会期末ではなく、もっと早く来ればよかった。ドリフ系のBGMを聞きながら、会場へ。まずは入口のパネルで歴史の確認。「全員集合」は1969年10月から1985年9月まで放映していたと。我々の青春そのもの。

「全員集合」の番組前半の20分位は、舞台一杯に大きなセットを建ててのコント。展示室内壁面には、毎週の舞台デザインの設計図面の数々と実際の舞台写真。どうやって家自体が倒れたり、早替わりしたり、壁抜けしたりするのか。その仕掛けが、今明かされる。

展示室の一番奥には、杉並公会堂の当時の模様と、実際にどのように「全員集合」が放映されたのかの解説コーナ。そうか。前の杉並公会堂は、オーケストラピットとかもある本格的なホールだったのだな。

会場中央のモニタでは、「全員集合」のビデオ上映。見に来た人は皆、楽しそうに、懐かしそうに見入っている。自分も20分ほど、しっかり見てしまった。やっぱり、パワーがあったよね、ドリフ。

入口付近には「ひげダンス」の手書き楽譜なども展示。それ程大規模な展示ではなかったが、大満足。大量生産・大量消費の時代だったので、当時の資料というのは映像も紙も、余り残されていないらしい。いや~。懐かしかったぞ!

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帰りに教会通りまで戻ってきて、遅いランチ。教会通り中程にある「やしろ食堂」に入る。いかにもザ・昭和という雰囲気を色濃く残している店。こういう店があるのが、荻窪の奥の深い所。「ハンバーグ定食」を。昭和を味わい尽くした一日であった。。。

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「1968年-無数の問いの噴出の時代-」(国立歴史民俗博物館)

2017/12/3(日)

歴史民俗博物館で企画展示「1968年」をやっている。佐倉は遠い。でも、あの時代を振り返る貴重な機会。どのみち夕方は錦糸町へ行かねばならぬ。朝から出撃して、京成線を駆使して佐倉まで。駅から歩いて15分ほど。昔の佐倉城の城跡の一角に建っている。

ここに来たのは25年以上ぶりでは。あの当時は、会社の職場単位で「旅行」があった。その年は外房の何処かで泊まって宴会。帰りに、好事家の諸先輩が寄り道をするというので御供。佐倉まで移動して、川村美術館と歴博をみた朧げな記憶。

まず企画展示「1968年」から。第一部は「『平和と民主主義』・経済成長への問い」。戦後の奇跡の高度経済成長。しかし光がある所には陰がある。日本の復興の足掛かりとなったのは朝鮮戦争。そして1960年代半ば。日本は米軍の「戦争」の前線基地だった。

泥沼化するベトナム戦争に対して、日本でも反戦運動が盛り上がる。「ベ平連」(=「ベトナムに平和を!市民連合」)の誕生・活動が、展示資料を通じて「今」の我々に語りかけている。小田実、鶴見俊輔、「ティーチイン」「反戦フォークゲリラ」などなど。

そして更に展示は、高度経済成長のもとに切り捨てられようとしていた弱者にも光をあてる。今の成田空港を無理やり作る国の動きと、それに反対する「三里塚闘争」。企業のエゴから重大な健康被害を出した「水俣病」。

展示室が替わって第二部は「大学という場からの問い 全共闘運動の展開」。反戦運動とも共鳴しつつ、世界的な広がりをみせた学生運動。60年代後半の「あの時代」に、日大や東大をはじめとする各大学で、何が主張され何が起こったのか。今にも「問う」こと多し。

一方であの時代は、カウンターカルチャーが花開いた時代。映画、演劇、「ガロ」とかの漫画、週刊少年漫画誌などなども展示されている。当時の社会情勢の中で、大学生たちは何を考え、どういう生活をしていたのか。そして行きつく先の安田講堂・・・

自分は60年代後半は、まだ小学校の低学年。だから、テレビなどで見る事件や出来事、新宿などの街角で出会う若者たちの朧げな記憶しかない。それでも騒然とした、そして高度経済成長が終わるという歴史の潮目だけは感じていた。貴重な記録の企画展示!

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折角来たので、常設展示も。「原始・古代」はリニューアル中で閉鎖。「中世」から「現代」まで順番に見て行く。自分は地理の人で、歴史は苦手だったなぁ、と改めて実感。それでも歴博は「民俗」が組み込まれている展示が面白い。

企画展「国立公園 今昔」。お~、ペナントだ。若い衆は知らんだろうが、昔は観光に行ったら必ずこれを買ったもんじゃ(遠い目)。最後の「現代」も面白い。「団地」の部屋の展示に学校給食のソフト麺。昔のCMコーナは20分位見入ってしまった。最後は「ゴジラ」。

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いや~。20年以上前に来た時よりも、断然見応え十分。それだけ大人(オヤジ)になったという事だ。気が付けば14時過ぎ。予想外に、観るだけで3時間も使ってしまった。いかん。16時から錦糸町で次男の合唱を聴くのであった。走れメロス。

「トリフォニーホール」に16時直前に滑り込む。危ない所であった。合唱は大学の校歌とサークル歌から始まり、黒人霊歌にショスタコの合唱曲。寺山修司の詩に曲をつけたのも歌った。最後は外連味たっぷりに「東海道四谷怪談」。

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次男が何を好き好んで男声合唱サークルに入ったのかはいまだに謎。だが4年生なので、これで一応の区切り。もう聴けないか、と思うと寂しくもある。帰りに家族で、新宿の中華「唐苑酒楼」で晩飯。「干し豆腐の和え物」と「上海焼きそば」が好評であった。。。

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「オットー・ネーベル展」(Bunkamuraザ・ミュージアム)

2017/11/26/(日)

もうクリスマス・イルミネーションの季節か。まだクリスマスまで1カ月もあるのに。そんな渋谷の人込みの中を進み、東急百貨店。その裏手に、目指す「Bunkamuraザ・ミュージアム」がある。「オットー・ネーベル展」。

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オットー・ネーベル、知らんな。ここのミュージアムは、あまり知られていないアーティストを紹介する。それが、観てみると「凄いな」という人に出会うから侮れないのだよ。去年の同じ時期に観た「ピエール・アレシンスキー展」も良かった。

ほほ~。バウハウスでカンディンスキーとかクレーと出会い、生涯にわたって親交を深めた人なんだ。でも初期の作品は、どちらかというとシャガールの影響が強い感じ。そのシャガールも数枚。レベル高し。

確かにクレーとかカンディンスキーの影響も感じられますな。この「影で覆われた岸辺の村」からはじまる一連の「建築的景観」の絵が、自分好み。街並みを抽象化した淡い感じの絵。あと「青い広間」の青、「煉瓦の大聖堂」のオレンジの絵もイイね。

これが、イタリアの風景を色で表現したという「カラーアトラス(色彩地図帳)ですか。ここのコーナの「灰色の廃墟」も良いけど、今回の自分のマイ・フェヴァリットは「夜明けの港」。朝焼けのオレンジ色の海に浮かぶ、線描でササッと描かれた船。

お~。クレーとかカンディンスキーの絵も結構展示されとる。クレーのなら「ホールC.エントランスR2」の不思議な感じが良いぞ。カンディンスキーの、音楽を感じさせる「三つの星」や「緑色の結合」「三つの楕円」も、いかにもで好きや。

オットー・ネーベルに初めて出会えて、クレーやカンディンスキーのレベルの高い絵にも巡り会えた。やっぱり「Bunkamuraザ・ミュージアム」の企画展は、今回も侮れなかった。来年も未知のアーティストの紹介を期待してまっせ。。。

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「オットー・ネーベル展」(Bunkamuraザ・ミュージアム):~2017.12.17(日)

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「キンダーブックの90年」展(印刷博物館)

2017/11/25(土)

勤労感謝の日の「いわさきちひろ美術館」に続いて、本日は「キンダーブック」。何だか絵本づいている。本当は今月、杉並区立郷土博物館で「石井桃子生誕110周年記念特別展」もやっていたのだが、そこまでは手がまわらず。

企画展示「キンダーブックの90年展」は印刷博物館で開催しとる。飯田橋駅から神田川沿い(首都高沿いでもある)に上流に進み、大曲で曲がった先。トッパンの事業所には1~2回仕事で来た事があるが、併設の印刷博物館に入るのは初めてだ。

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第Ⅰ部は「観察絵本キンダーブックの誕生」。まずは明治・大正時代の子供向け雑誌の展示。「家庭教育絵ばなし」「幼年画報」などなど。一昨日「ちひろ美術館」でみた「子供之友」「赤い鳥」もある。

そんな流れの中、今から90年前に「キンダーブック」創刊。幼稚園や保育園の補助教材的位置付けだったので「観察絵本」だし、園に直接配本された。そう。昔は、こういった直販系の雑誌、結構あったよね。我々の世代でも「こどものとも」とか学研系とか。

これが「キンダーブック」第一号の「お米の巻」かぁ。絵とカタカナ(戦後まではカタカナ表記だった)の組み合わせで、幼児にいろいろなテーマで読ませていくスタイル。あと、童謡とかが載っているのも特徴だよね。子供の頃の記憶よりも、もっとしっかり作ってある。

第Ⅱ部は「キンダーブックで見る昭和史」。戦争中や戦後の高度経済成長期の中で、子供たちがどういう生活をおくっていたのか分る。段々、自分も生まれた後の時代に。お~。この「テレビ」の号は、「ひょっこりひょうたん島」の人形劇の解説だ。懐かしい・・・

第Ⅲ部は「表現の変遷」という事で、約800人にものぼったという「キンダーブック」を支えた画家・写真家の中から代表者とその原画を展示。畠野圭右(滅茶苦茶、絵が上手い)から始まって、吉野廉三郎・武井武雄といった「キンダーブック」の屋台骨を支えた人達。

お~。一昨日見て涙した『ゴーシュ』の茂田井武だ。良いなぁ。70年代後半からは、写真も上手く組み合わせで使われるように。成る程。「キンダーブック」の歴史や、そこで活躍した人々を概観できる好展示であった。

この後、14時から講演会。「元編集長に聞く『キンダーブック』制作秘話」。元フレーベル館の登坂秀樹氏が、制作の裏話や作家たちの人物像を語る。何と2時間にも渡る講演会であったが、懐かしい時代の話ばかりだった。

創刊直後の昭和7年の関係作家たち大勢の記念写真。野口雨情もいれば西條八十もいる。中央は、「キンダーブック」の中心的人物のお茶大の倉橋惣三先生と。お茶大は日本の幼児教育に多大な貢献をしておる。

話の中心は「絵本が最も絵本らしかった時代」という昭和30年から50年代。まさに、我々の世代が子供だった頃なのだよ。いや~。まいったね。この時代の話は、今聞いておかないと永遠に失われてしまう。貴重な講演会であった。。。

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「キンダーブックの90年」展(印刷博物館):~2018.1.14(日)

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「日本の絵本100年の歩み」展(ちひろ美術館)

2017/11/23(木)

朝。結構な雨降りの中、上井草駅からトボトボと歩く怪しいオヤジ。10時の開館を目指して、「ちひろ美術館」へ。2番乗り。いわさきちひろ生誕100年記念の企画展「日本の絵本100年の歩み」を開催中。あわせて「ちひろの歩み」展も。

今から100年ほど前。1920年代に雑誌「子供之友」「赤い鳥」が創刊。大正デモクラシーの時代を背景に、絵本文化が花開いていく。最初の展示は竹久夢二の水彩画だ。鈴木三重吉の「赤い鳥」からは清水良雄の原画。ところが、戦争。言論統制の時代・・・

戦後の復興とともに、絵本文化も復活。岩波の「子供の本」に福音館「こどものとも」。お~。『セロひきのゴーシュ』だ。茂田井武の原画とともに、絵本も置いてある。この本をオフクロに読んでもらって、自分の読書人生は始まったようなものだ。半世紀も前の話(涙)。

『きかんしゃやえもん』(岡部冬彦)、『たろうのおでかけ』(堀内誠一)。そして勿論いわさきちひろ『みんなでしようよ』。更に何と『だるまちゃんとかみなりちゃん』(かこさとし)だ。この絵本、好きだったなぁ。この原画、欲しいよう・・・

宇野亜喜良が絵を描いて、盟友・今江祥智が文を書いた『あのこ』もある。そして大絵本ブームとなった70年代。『しろくまくんのほっとけーき』(わかやまけん)、『11ぴきのねことあほうどり』(馬場のぼる)、『ねずみくんのチョッキ』(上野紀子)。綺羅星のような作品群。

さらに2Fの第2展示室に移動。70年代後半以降。佐野洋子、和田誠、長新太(!)、安野光雅から五味太郎、いわむらかずおに行って、いとうひろし、武田美穂、新井良二まで。絵本界のオールスター揃い踏み。それぞれの原画は2枚程度なのだが、眼福。

展示室が替わって、今度は「ちひろの歩み」。いわさきちひろの原画、そしてピエゾグラフによるデジタル複写画。いわさきちひろの絵は、酸性紙に水彩で淡い絵。だから展示・保存が難しい。そこで、原画の良さを活かしたデジタル技術で構成した展示。イイね。

いや~。「絵本100年」と「いわさきちひろ」の両方を堪能してしまった。雨の中、わざわざ来た甲斐があった。雨もあがったようだ。帰りに上井草が誇るサンドウィッチ屋「カリーナ」で、「卵サンド」他を土産に買って帰路に。。。

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「運慶展」(東京国立博物館)

2017/11/17(金)

来たタイミングが悪かったのか、券を買う時に「入場に1時間待ち」と言われる。そこまではかからなかったが、結構な時間行列して展示室内に。展示室内も、物凄い混雑。しかもジジババ多し。まぁ普段は見られない仏像を、間近で見られるんだからね。

いきなり運慶のデビュー作「大日如来坐像」(円成寺)。ほほ~。そして運慶の直筆の巻物「運慶願経」。どちらも国宝だ。この後は、国宝とか重要文化財のオンパレード。だからどうした、という感じ(笑)。

運慶の父ちゃんの康慶作「四天王立像」(興福寺)。2メートル近いデカいのが4体。凄い迫力だ。下に踏みつけられている餓鬼が妙にリアル。そうか。先日奈良に行って興福寺で見た時になかったのは、ごっそりと康慶・運慶の名品がここに来ていたからか。

そして運慶の代表作(?)「毘沙門天立像」(願成就院)。カッコいい。こういうイメージだよね、運慶って。浄楽寺からも「阿弥陀如来坐像および両脇侍立像」「不動明王立像」「毘沙門天立像」(=凛々しい!)と名品が集結。

部屋が替わって「八大童士像」(金剛峯寺)。現存する6体をじっくりと見られる。この一つひとつの像の顔の表情豊かなこと。そうか。運慶とは、こういう表情豊かな仏像を多く残した人なのか。

それは次のハイライト展示、興福寺の「四天王立像」(=迫力満点)に囲まれた「無著菩薩立像」(ポスターの一部になっている)と「世親菩薩立像」の、何とも言えない穏やかな顔つきにも通じる。

最後は運慶の息子たちの作品。湛慶「天燈鬼立像」「龍燈鬼立像」。燈篭を背負った不思議な立像。などなど。いや~。今回は、本当にレベルの高い名品揃い。行列したり、大混雑の中を見たりするのもやむなし。これは皆、見たいよね。やっぱり。。。

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特別展「運慶」(東京国立博物館):~2017.11.26(日)

そういえば、今回は実は「運慶」について予習。というか小説『荒仏師 運慶』(梓澤要/新潮社)を読んだだけだけど。結構、時代背景とか技法、親子関係、快慶との関係を知る事が出来たのは良かった・・・

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「カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」展(パナソニック)

2017/11/5(日)

我が敬愛するカンディンスキーの展覧会となれば、行かざるをえまい。新橋駅をおりて、汐留方面に。この辺りは、我々が学生の頃は何もないだだっ広い土地だった。それが気が付けば、中高層ビルが建ち並ぶお洒落なエリアに。なかなか来づらいのだが・・・

カンディンスキーとルオーはパリで出会った、と。まずはルオーの絵が5枚ほど並ぶ。パリ郊外(?)を描写した「町外れ」。そしてフォーブ時代の幕開けの頃の「後ろ向きの娼婦」。どれも、自分のイメージするルオーっぽくなくて良いぞ。

カンディンスキーは、まず「水門」。最初期の頃の作品だから、もちろん具象。水門の堤防の上に女性。この色彩感覚。パレットナイフで絵具を直接布に塗り付けたような、荒々しい油彩。

そして「商人たちの到着」。今回の展覧会のポスターにもなっている大作。カンディンスキーというと抽象絵画のイメージが強いが、この群衆を描いた一枚の色のバランス、そして構図は素晴らしい。今回の作品の中で、一番印象的。

部屋が替わって、第2章「色の冒険者たちの共鳴」。ほほ~。クレーだ。これまた初期の線画っぽいのからスタート。ぺヒシュタインとかも。展示が段々、色彩が爆発してくる。そもそもカンディンスキーは「形の再現よりも色彩の魅力を表現する事に腐心」と言っておる。

カンディンスキーの真骨頂「E.R.キャンベルのための壁画No.4の習作」。これぞ! うごめく色と形。どことなく音楽すら聞こえてくるような動的な絵。色彩の爆発じゃ。こういうのを観に来たのだよ。

第一次世界大戦後の、画家たちそれぞれの飛翔。クレーの「ホフマン風の情景」の淡いオレンジや「グラジオラスの静物」の構築美。モモ色の「綱渡り師」もイイね。

最後にカンディンスキーも何作かまとめて。「活気ある安定」は、いかにもな大作。今回、カンディンスキーの絵の大部分は、宮城県美術館から持ってきている。良いコレクションを持っているなぁ。機会があれば、また観に行こう。

企画展全体では「カンディンスキー、ルオー」と言いながら、圧倒的にルオーの作品のボリュームが多い。元々、パナソニック汐留ミュージアムはルオーのコレクションがベースだから仕方がない。でも欲を言えば、カンディンスキーをもう少し沢山観たかったぞ。。。

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「カンディンスキー、ルオー」展(パナソニック汐留ミュージアム):~2017.12.20(水)

観終わると、丁度昼飯時。そうだ。新橋には「かつや」の巨大店舗があった。駅を越えて「ニュー新橋ビル」の1Fへ。目指すは期間限定メニュー「牛すき煮チキンカツ丼」。待つ事暫し。これか。あれ。何か写真のイメージと違う。

そうか。卵がないんだ。「牛すき煮定食」なら、鉄鍋グツグツで卵が載ってきたのか。確かに鍋で作って丼の上に載せ直すと、卵が崩れそうだしね。少し高くても、今回は定食の方がお得だったか。豚汁もついてくるしね。「すき煮」の味付は、流石「かつや」。。。

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今年は天気に恵まれた・・・ 野方「第三秋元屋」

2017/11/4(土)

秋の読書週間恒例の「神保町ブックフェスティバル」。近年は雨に降られる事も結構あったが、今日は昨日同様に良い天気。神保町のメインストリート「すずらん通り」に、各出版社がワゴンを出してセール。

昔は2~3割引が相場だったが、近年は半額のところが多い。出版不況の中、何とか在庫をさばきながら読者サービスもという会社が多いのだろう。自分も何冊か買おうと考えたが、軍資金を考えて自重。家には、まだ読んでいない本が山積みだ・・・

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午後からは明治大学のリバティータワーへ転戦。リバティアカデミーの無料講座「幕末の雄藩 薩摩と越前」。福井県と明治大学の連携講座のようだ。始まる前に、福井県のPRビデオを流している。我が家は自分が鹿児島で、家人は福井。ぴったりの講座(笑)。

まずは作家の加来耕三が登壇。会場は、自分を含めてジジババばかり。来年の大河ドラマ「西郷どん!」に対して一くさり。大河は伝統的に幕末モノでは視聴率がとれない。とるには、歴史を無視しないと。そうか。

西郷隆盛は難しい、と。人生の前半と後半で全く違うし、それぞれも2つに分かれる。都合4つの時代を考える必要がある。「農業をみていた下級武士時代」「島津斉彬に取り立てられた外交官時代」「明治維新に向けた軍司令官時代」そして「西南の役」。

外交官時代に、一橋慶喜を14代将軍にしようと奔走。その時の同志が福井越前藩の橋本左内だった。朋友・橋本左内は安政の大獄で死に、自分の親分・斉彬候も突然病死。ここが、前後半を分ける最大の分岐点。この後、島流しだからね。

西郷隆盛は、最後の最後まで橋本左内の直筆の手紙を持ち歩いていた。橋本左内とか横井小楠、由利公正とかの福井系の人をあまり知らんな。もう少し、いろいろ本を読んでみるか。

小一時間の講演の後で選手交代。今度は福井県立郷土歴史博物館の館長の角鹿尚計が登壇。やはり将軍継嗣問題を中心に語る。松平春嶽候も、よく知らんなぁ。もちろん斉彬と並んで、幕末の四賢候にあげられているのは知っているけど。

でも実際に、どういう影響をおよぼしたのか知りません。勉強不足。「明治」とかの元号制定にも関わっていたと。へ~。最後に明治大学の落合教授も交えてパネルディスカッション。来年の大河は薩摩だし、丁度良いので少し勉強してみますか。

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帰りに久々に野方「第三秋元屋」に顔を出す。土曜日の16時半過ぎ。客は少ない。本店は大繁盛なのに、近くのこの店が空いているのは何時もながら不思議。自分は、こっちの方が気が楽だけどね。もう本店はマスタくらいしか顔知らないし。

「レバーフライ」を食べて、焼き物を少々。ここの「ハムステーキ」も好きだなぁ。やっぱり土曜日は「秋元屋」で「ヨジアキ」に限る。。。

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雨の「東北復興大祭典なかの」! 中野「はねあげ」  

2017/10/28(土)

先週に引き続き、今週末も台風が接近中。今にも降り出しそうな空を見上げ、怪しげなオヤジは中野の街を徘徊。サンプラザ前、区役所前の広場を中心にイベント開催中。「東北復興大祭典」。東北の野菜や食べ物の屋台も多数並んでいる。

「棟方志功サミット」の看板に惹かれ、セントラルパークへ転進。サウス棟の1Fで「棟方志功 特別企画展」をやっている。これは観て行かないと、ですね。そうか。青森県出身の棟方志功は、画家を目指して上京し中野区大和町を創作の場に選んだ、と。

まずは紹介ビデオでお勉強。ほほ~。早稲田通りと妙正寺川の間の、今は住宅地になっている辺りに家を構えて、15年ほど住んでいたんんだ。当時(昭和初期)の大和町は、のどかな田園風景だったようだ。

そして昭和11年に「大和し美し」の版画絵巻を製作。これがきっかけで、柳宗悦、河井寛次郎ら民藝運動の人々との交流が始まる。特に河井寛次郎らから仏教について学んだ事は、棟方志功の制作テーマに大きな影響を与えた。

これが、その「大和し美し」ですか。全20柵の内、5作品を選び彩色した作品が展示されている。これが棟方志功の版画の原点ですね。こちらの展示は仏への開眼となった「華厳譜」から「不動明王の柵」と「風神の柵」。良いなぁ。

倭画(肉筆画)の「赤鬼図」「青鬼図」の対の作品も、ユーモア溢れる傑作。その他、中野に住んでいた時に交流のあった人々への年賀状や感謝のお礼の絵、激励文など。小ぢんまりした展示会場から、物凄い熱量が感じられる。いや~。観に来られて良かった。

会場を出ると、いよいよ雨が降り始めた。中野中学校前の広場で待機中の「ねぶた」にはビニールシートが被せられている。この後、夕方と明日に「ねぶた」運行が予定されているが、天気が心配だ。

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17時に中学校の同級生と待ち合わせ。オヤジ5人でプチ同窓会。会場は中野駅北口のサンモール半ばの「ストック」の角を右折して、路地に入ってすぐの「はねあげ」。今年の9月にオープンしたばかりの24時間営業の居酒屋だ。ここ、一度来たかったんだよね。

生ビールで乾杯。店一押しメニューの「手羽先唐揚」はスパイスが効いていて旨い。全体にツマミ系は一品の量が少な目で、その分値段を抑えている感じ。一人で飲みに来るには、丁度良い感じ(笑)。

オヤジ5人で近況報告などなど。まぁ、皆元気で何より。やっぱり、ホームタウンで飲むのは良いなぁ。でも、台風が接近中であった。イイ感じに酔っぱらったし、寄り道せずに帰りましょう。また飲もうね。。。

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古都巡礼 【京都篇】

2017/10/20(金)

ホテルを早めに出発したら、予想外に早く目的地に着いてしまった。時間調整で、どこかにお詣りにいくかな(時間調整、では罰が当たりそうだけど)。そうだ。少し歩けば本願寺がある。意外と、行った事がないのだよね。大谷本廟は、たまに行くのだけど。

これか。2つ並んでいる大きな建物は共に国宝。阿弥陀堂と御影堂。阿弥陀堂は、何だか大勢で掃除しとる。朝からお勤めか。こちらの唐門も国宝。何気に入った寺で、幾つも国宝があるのが凄いな、京都は。おや。こちらに「本願寺ブックセンター」。これも本屋か(笑)。

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午前中、しっかりと支店で仕事。午後の早い時間に業務終了。後はオフィシャルには東京に帰るだけだ。ここからは、プライベートで大きく寄り道。奈良の妹の家に行って酒飲んで泊まって、明日帰るという目論見。

支店から京都駅まで戻ってくる。そういえば、ここの地下街に「くまざわ書店」があるときいた。これか。地下鉄・烏丸線の駅奥が、昔よりエリア拡大した感じ。そこに出したのか。割とお洒落な作り。しかし何で、「くまざわ」は何で全国の駅そばに店を出せるのかね・・・

奈良に移動するには早すぎる。京都で寄り道。地下鉄で今出川駅まで移動。同志社大学のレンガの建物が見える。流石に腹減った。いかにも昔ながらの食堂という感じの「京楽食堂」に入る。客がいない。隣のラーメン屋は行列してたのにね。

気を取り直して「日替わり定食」をお願いする。家族経営なんですかね。厨房で手分けして料理する声。来ました。今日はドライカレーに大根の酢の物に豚汁ですか。家庭の味。オヤジには、ラーメンよりこっちの方が良いぞ。

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同志社キャンパスの裏手。目指すは相国寺。京都五山第二位に列せられる名刹。臨済宗相国寺派の総本山。初めて来るな。秋の特別参拝で法堂の「鳴き龍」が見られるか、と期待して来たが、法事が入ったようで特別参拝はなし。こればかりは仕方ない。

では、境内にある承天閣美術館へ。「禅林美術展」を開催中。靴を脱いで上がるんですね。まずは第一展示室。中国僧・来朝僧・入栄僧、それぞれの墨蹟。「雲収山岳青」(くもおさまりてさんがくあおし)。等々。渋い。 

ほほ~。この茶碗。国宝「玳玻盞散花文天目茶碗」ですか。確かに、碗の内側に、綺麗に花びらが散ったような文様。流石は松平不昧公、いい物を持っていた。いまは、ここの美術館の所蔵品ですか。

寺の美術館にしてはレベルが高かった、と思いながら第二展示室に行ったら更に凄かった。まず伊藤若冲の鹿苑寺大書院の障壁画「葡萄小禽図床貼付」「月夜芭蕉図床貼付」の大作。この葡萄、良いなぁ。でも小動物はどれだ。あれか。

何と白隠と仙厓の名品の数々まである。この白隠の三幅対の「三祖師図」。いかにも白隠。イイね。この仙厓の描いた鍾馗さん、エエなぁ。こっちの「がま座禅図」もイイ。いや~。眼福。東山文化の神髄の一端を味わった。

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相国寺の裏手に出て、もう少し足をのばす。上御霊神社。政争に巻き込まれて憤死した人々の怨霊を慰めるために創建されたと。何となく不思議な結界。応仁の乱の発祥地でもある。碑が建っている。業界では何故か『応仁の乱』ブーム。お詣りしとかないと。

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ちと疲れてきたぞ。でも京都で、もう一か所行きたい所があるのだよ。地下鉄で太秦天神川駅まで移動。太秦方面にも初めて来たな。流石に映画村に寄る時間も元気もなし。めざすは「京都dddギャラリー」。これか。ここで「平野甲賀と晶文社展」を開催中。

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ブックデザイナーの平野甲賀。武蔵野美術大を出て高島屋の宣伝部へ。その後フリーとなり、劇団のポスターなどなどの仕事。でも自分が一番身近に感じるのは、何といっても本の装丁。1964年から約30年間、晶文社の出す本の装丁を一手に引き受けていた、と。

そんな平野甲賀の仕事を追体験できる企画展示。壁には舞台やコンサートのポスターや表紙原画。そして何よりも晶文社の本の数々。全仕事約7000冊の内、600冊ほどの「実物」を会場に持ち込んだとか。

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お~。「就職しないで生きるには」シリーズだ。この早川義男『僕は本屋のおやじさん』と橋本憲一『包丁一本がんばったンねん』。大学生の時に読んで、物凄い影響を受けた。で、料理人になるのは無理かなと思い、今の会社に就職(本当かよ)・・・

こっちのコーナは植草甚一本で埋められている。JJの本が、いまだに古びず色褪せない事の要因の一つが、この装丁にあるのでは。こっちは、雑誌「ワンダーランド」の創刊号だ。綺羅星のような執筆陣。思わず10分ほど立ち読みしてしまった。

別室では平野甲賀のインタヴュー番組の放映も。これまた見入ってしまった。いかん。もうこんな時間か。今から奈良に行って妹と酒を飲むのであった。妹の家で、ワインを3本ほど空けてヘロヘロに酔っぱらう。甥っ子よ、酔っ払いオジサンだが許せ。。。

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