映画・テレビ

イベント「山田太一ドラマの演出」(早稲田大学小野記念講堂)

2017/7/12(水)

朝飯抜きで年に一度の健康診断。昨年までは歌舞伎町裏の検診センターだったが、業者が替わったのか日暮里と鴬谷の間のセンターに来い、と。7時半過ぎに日暮里駅に到着。駅構内の「リブロ」。前を人は沢山通過していくが、売上はどうなのかな。

半日がかりで検査。もちろん、いろいろと悪いところが見つかる。体重と腹囲も増加して、厳しい指導が入る。また生活を見直さねば。やっと終わると、何と食事がついていた。検査結果が出そろうまで食べていろ、と。ふ~ん。病院飯にしてはまとも。

バリウムを飲んだので、本日もアルコール禁止。手が震えてきたぞ。幻覚も見える(嘘)。最近は代わりに胃カメラという選択肢もあるが、オプションで金がかかる。金を使わずに、休肝日になる一石二鳥。

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夜は早稲田へ。演劇博物館でやっている「山田太一展」の記念イベント。会場は大隈講堂の前にあるビルの地下「小野記念会堂」。我々が学生の頃は、ここには悪の巣窟・学生会館が建っていたがね。相変わらずジジババの多い客層。

NHKのドラマ畑にいた中村克史と、TBSのディレクター・プロデューサーだった堀川とんこう。そして聞き手として『敗者たちの想像力―脚本家山田太一』の著者・長谷正人。3人による座談会。

まず中村克史による「男たちの旅路」の話。当時NHKは、大河で倉本聰が途中で喧嘩降板したり幾つか事件があって大変だった、と。そんな中で連続テレビでもなく単発でもない、「シリーズ物」をやろうという事で出てきた企画。鶴田浩二を口説くのも大変だったとか。

お~。会場の大スクリーンで「男たちの旅路」のオープニング映像。このトランペット中心のJAZZっぽい音楽は誰、と字幕を見ていたら何とミッキー吉野だった。へ~。そして第一話も。鶴田浩二が長台詞を話す相手は、何と今や「相棒」の人と千葉県知事の人だ(笑)。

「俺は若い奴が嫌いなんだ」。鶴田浩二の有名なセリフ。いや~。懐かしい。シリーズ後編の車椅子をテーマにした「車輪の一歩」の回も少し上映。こういうマイノリティに対する視点とかも山田太一の特徴だ。

続いて堀川とんこうが「岸辺のアルバム」を語る。またまたオープニング映像。実際の多摩川で家が流れるドキュメント映像にかぶさるジャニス・イアン「ウィル・ユー・ダンス」。今見ても良いなぁ。「グッバイママ」で「ラブ・イズ・ブラインド」が受けたので二番煎じと話す(笑)。

ドラマの中での家が流されるシーンは最終回の1つ前なのに、ドラマ初回からこのオープニング映像は凄いな。そして中盤のクライマックス、国広富之が家族夫々の秘密を暴露して揉み合いになるシーンも。八千草薫が演ずる妻の「恐ろしいほどの孤独感」を描いたと。

そして最後は、東日本大震災後を描いた「時は立ちどまらない」(2014年)の1シーンも上映。やっぱり山田太一の、「苦しみのありよう」であったり、普段隠しているものがある瞬間に表出するシーンであったり、は凄味があるなぁ。

会場に、イベントが始まる直前に入ってきて客席で見守り、終わる前に立ち去った物凄く痩せたオジイサン。山田太一ご本人であった。まだまだ元気で新作を作って欲しいぞ。気が付けば、あっという間の1時間半。

バリウム後で酒を飲めないのに、随分遅くなってしまった。早く帰って、家でメシ食って寝ないと。物凄く久しぶりに、大隈講堂前から学バスに乗った。。。

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映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」

2017/6/12(月)

いきなり空撮で東京タワー、そして東京の街並み。まだ高層ビルは霞が関ビル位しかない。そして場面が切り替わってモノクロ映像で「東大安田講堂」の占拠と機動隊との攻防。これはまさしく1969年1月の映像だ・・・

夜19時からの上映を目指し「ラピュタ阿佐ヶ谷」へ。阿佐ヶ谷駅北口から、飲み屋街を進んですぐ。不思議な建物の2Fにミニシアタがある。ここでの「芳醇 東宝文芸映画へのいざない」。映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」が目当て。観客は自分を含めジジババ多し。

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言わずと知れた庄司薫の芥川賞受賞作『赤頭巾ちゃん気をつけて』が原作。今の若い衆は知らんか。近年、作品を発表していないしね。昨年亡くなったピアニストの中村紘子のダンナ。といっても、中村紘子も知らんか。時は流れた・・・

自分が庄司薫の4部作を読んだのは何時なんだろう。第4作の『ぼくの大好きな青髭』はハードカヴァーで持っているから1977年頃か。中学校の最後から高校にかけての時代に読んだのだろうなぁ。もう40年も前か。やれやれ。

映画は、(40年前の記憶をたどれば)ほぼ原作通り。70年安保紛争で東大の入試が中止になった時の、日比谷高校3年生の主人公・薫君の考えと行動。映画だからなのか、原作もそうだったのか、かなり饒舌。

銀座をはじめとする東京の街並み。そこを走るバスや車。そして街を歩く人々。どれもが懐かしい。1970年前後は、ああいう風景であったなぁ。最後に『赤頭巾』の本を買いに行く書店は、今は亡き銀座・旭屋書店。2008年に閉店。今の東急プラザ銀座の場所ね。

音楽はいずみたく。ピンキーとキラーズ「恋の季節」とか。いしだあゆみ「ブルーライトヨコハマ」(この曲は筒美京平かな)も。どちらも本人が出演して歌っている映像あり。主人公の彷徨と「歩いても~、歩いても~、小舟のよ~お~に~」のメロディーがシンクロする。

ナンを言えば、主人公・薫君が高校生には見えない。俳優が歳取り過ぎでは。ガールフレンドの由美ちゃんは、結構原作のイメージ通りなのにね。しかし貴重な映像・映画だ。よくぞ、これを上映してるな、このミニシアタ。ジジババで満席なのは判る(笑)。

原作を読んだときは、あまり思わなかったかど、映画を観るとやっぱり庄司薫はサリンジャーの影響を受けているのかね。当時も、そういう論争があった気が。久々に庄司薫、読みかえしてみるか。確か家の本棚の一番奥の奥に、多分あるはずだ。。。

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早稲田の杜を謳歌 高田馬場「とん八」

2017/6/8(金)

夕方、早稲田でセミナー。でも、その前に少し寄り道。本部キャンパス内にある演劇博物館(通称・演博)に久々に顔を出す。ここで今、「山田太一展」と「テレビドラマ博覧会」の2つを開催中。坪内逍遥先生にもご挨拶して、と。

まずは1Fの「山田太一展」。ほ~。山田太一は早稲田に在学中、寺山修司と同級生で友人だった、と。そして卒業後にテレビドラマの世界へ。NHKの「男たちの旅路」。懐かしい。鶴田浩二と水谷豊に桃井かおり。1976年かぁ。

そして「岸辺のアルバム」。最後に家が流されるやつね。ドラマそのものよりも、主題歌。ジャニス・イアンの「ウィル・ユー・ダンス」。このドラマで、この曲を知り、ジャニス・イアンのアルバムも買いましたとも。1977年。

そして我々の青春そのものの「ふぞろいの林檎たち」。1983年が最初。大学生だったなぁ。面接会場で学歴差別され「黙って座ってればいいんだ」と時任三郎。自分も友人と一緒にOB訪問したけど先輩が現れず。このセリフを言っていたら、場所間違えだった(笑)。

「ふぞろい」の主題歌はサザンの「いとしのエリー」。あまりに自分たちの青春に近すぎて、恥ずかしかったな、このドラマは。その後の山田太一のドラマ。こうして改めて一覧すると、自分が結婚後も結構見ているね。

演博の2~3Fの展示は「テレビドラマ博覧会」。会場に入ると、「テレビ」本体が数多く展示されている。そうだよね。昭和の「テレビ」は重厚な作りであった。展示はテレビの黎明期から、時代をおって代表的なドラマを取り上げていく。「とっとチャンネル」の世界だ(笑)。

和田勉、倉本聰、向田邦子に久世光彦。綺羅星のような人々がテレビドラマを支えていた。特に1970年代から80年代前半にかけては、「テレビドラマ黄金期」。お~。ショーケンの「傷だらけの天使」だ。これは市川森一の脚本。

90年代のトレンディドラマ時代。「男女七人夏物語」「抱きしめたい」「ロンバケ」などなど。なるほど、確かにテレビドラマは時代を映す鏡だね。2000年代は「あまちゃん」他。最後の3Fは石井ふく子・橋田寿賀子コンビのホームドラマ。いや~。充実した展示。

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いかん。セミナーだった。「井深大記念ホール」へ。お題は「新技術によるビジネス革新への挑戦」。まず『イノベーションのジレンマ』のクリステンセンの弟子が出てきて「破壊的イノベーション」について。分かりやすし。そしてソニーの新規事業創出プログラムも刺激的。

終わると17時半。早稲田界隈で一杯やってもよいのだが、財布の中身も寂しい。高田馬場まで移動してサカエ通りかな。学生の頃は「清龍」とか「たぬき」「弁慶」といった極安居酒屋に出入り。社会人になってからは「鳥やす」が多かった。たまには新しい店へ。

サカエ通りの中ほどから左折して路地へ。今日は、ここの「とん八」に入ってみよう。料理場を囲うL字カウンタで10席ほど。あとはテーブル席に奥の小上がり。典型的な小料理屋の造り。カウンタに入れてもらう。まずは生ビールの小を。随分大きな「小」だな(笑)。

メニューを見て作戦を考える。刺身も2~3種類あるんですね。でも今日はパス。まずは「スパゲッティサラダ」から。十分なボリューム。ウーロンハイに切り替えて、と。この店、酒類がやけに安いぞ。これはイイ店ですね。

周りの人の注文に便乗して「煮込み」ももらう。薄味で仕上げたシンプルで優しい味。これは良い店に巡り合った。最後に焼き物。1本のヴォリュームはそれ程ないが、十分に旨いし、何せ1本百円は有難い。

店は19時前には満員に。常連客が多いのも頷ける。オヤジは、こういう店でパッと飲んで帰らないとね。勘定は1,820円。ご馳走様でした。今日は早稲田・馬場と廻った、良い1日であった。。。

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映画「ソング・オブ・ラホール」

2017/5/21(日)

去年だかに公開されたが、見逃した音楽系映画「ソング・オブ・ラホール」。縁があれば、その内にTVで見られるかと思っていた。ところが「川越で映画館上映がある」という耳寄りな情報。電車代もかかるが、遠征しますか。

久々に川越の蔵の街方面へ。「時の鐘」は一時修復工事をやっていたが、無事に終わったようだ。日曜日だからか、結構観光客で賑わっている。この角の店の行列は何? 「おさつチップス付き芋ソフトクリーム」。何じゃそれ。観光地も日々進化しとる。

そんな進化とは全く無縁で、気が付けば川越に1館だけ残った映画館「スカラ座」。この立地で、よく頑張っている。来月から料金を百円値上げして1,600円にする、と。自分が見た回の観客は10人程。結構、経営が厳しくなっているのか。

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映画「ソング・オブ・ラホール」は、パキスタンの民族音楽集団の話。ラホールの街はパキスタンの映画の中心地で、音楽家も映画音楽などで食っていた。ところが映画は衰退し、さらにタリバンがパキスタンに入ってきて治安は悪化。音楽では食っていけない状況に。

そこで起死回生の策として彼らは、ネットを使って民族音楽とJAZZの融合を全世界に発信。そして何とウィントン・マルサリスの目に留まり、彼らをニューヨークに招き自分のビッグバンドと共演する話に・・・

ところが相手はプロ。NYに乗り込んでいってリハーサルするも、ウィントンは「彼に個人的な恨みはないけど、一緒に演るのは無理」とシタール奏者にダメ出し、クビに。パキスタン勢はビビる。本番、出来るのか。急遽、代替のシタール奏者も見つける騒ぎに。

本番の会場は「リンカーン・センター」。満員だ。ウィントンの楽団が並ぶ処に、後から民族衣装のパキスタン音楽家達が呼ばれて舞台に登場。演ずるはまず、ブルーベックの超名曲「テイク・ファイブ」。どうだ。

パキスタンの木の横笛「バーンスリー」の奏者が凄かった。自分の手作りの楽器でウィントンの楽団のフルート奏者と互角以上に渡り合う。「ナール」「ドーラク」「タブラ」などのリズム隊もイイ感じ。シタールの代役も何とか頑張った。

ウィントン・マルサリスは若い頃のイメージしかなかったが、体がデカくなっていた(笑)。トランペットの音色、良いなぁ。兄ちゃんのブランフォード・マルサリスはナマで、スティングのバックでも聴いたし、ブルーノートでも聴いた。でもウィントンには、ご縁がないんだよね。

映画の最後はNY公演が成功して、パキスタンに凱旋し地元でも公演。でも、この世界情勢の中で今後も、彼らが音楽で食っていくのは大変だ。「全世界に知って欲しい。パキスタン人は芸術家でテロリストじゃないことを」というのは、彼らの心の叫びだ・・・

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見終わると15時。あの居酒屋はオープンしている。でも、ここは辛抱。家に帰って復習するのがJAZZ研。ウィントン名義のCDはないな。ではウィントンがペットで参加のハービー・ハンコックのカルテットを聴こう。良いなぁ。ウィントンのCDも、今度ユニオンで探そう。。。

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映画「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」

2017/4/2(日)

原題の「The Music of Strangers」が、映画の内容を端的に表している。世界各国の「ストレンジャー」であるミュージシャンが、チェロ奏者ヨーヨー・マの呼掛けで集まった「シルクロード・アンサンブル」。世界各地での演奏などの映像を通して語り掛けるものは・・・

音楽映画ではある。シルクロード・プロジェクトとして集められたミュージシャンの演奏は、アンサンブルであっても、ソロであっても一流だ。しかし、それぞれのミュージシャンの出自は、世界中のあちらこちら。そして政治・宗教・文化が対立する時代に生きている。

そもそもヨーヨー・マは中国系だが、パリで生まれアメリカで成功したチェロ奏者。その盟友ケイハン・カルホールはイラン人で、ヴァイオリンの源流ケマンチェの名手。彼は政治的な理由でイランに数年帰れず、久々に奥さんとイスタンブールで再会。このシーンは泣いた。

シリア人のクラリネット奏者であるキナン・アズメ。ダマスカスの家族は現在の戦乱で命を落とした。パピ(中国琵琶)の国際的スターのウー・マンは中国生まれだが、アメリカに来て苦労の末に成功を掴んだ。楽器屋でロックを弾くシーンがイイね。

スペイン北西の自治州ガリシア出身のクリスティーナ・パト。彼女は、ガイタ(スペインのバグパイプ)という伝統楽器を吹く革新者だ。スペインにも少数民族の地が幾つかあるとは知っていたが、ここはケルト系なのか。言葉は滅んでも楽器は伝承されていく。

そんな他民族・多国籍のミュージシャンが集まって音楽を奏でるのが「シルクロード・アンサンブル」。だから映画のタイトルに騙されて「あぁ、NHKの番組『新シルクロード』のテーマ曲の演奏とかでしょ」と軽く考えてはいけない。

監督は『バックコーラスの歌姫たち』も撮ったモーガン・ネヴィル。あの映画も良かった。今回の映画も、音楽映画としても勿論一流。でもそれだけではない。文化とは何か、異文化が交じり合うところに何が生まれるのか、という文化論の枠組みでとらえられるべき映画。

映画の最後の方で「シルクロードの東西とかでは考えていない。地球は丸い。結局は一周して、原点は何かを考える事になる」と。故郷を思い、自らのアイデンティティを探す旅。自分も、こういう旅をしていかなければ。。。

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Bunkamuraを出て、渋谷を少し散歩。お~。東急プラザの跡地は完全に更地になっている。あのビルにあった紀伊國屋書店も跡形もない。レストランも幾つか入っていたっけ。渋谷は逆側の東急文化会館も建て替わって馴染みがなくなった。今度はこっちかい。

すぐ裏手の「渋谷古書センター」。ここの2Fに古本とカフェの「フライイングブックス」がある。海外文学の棚とか、結構自分の好みだなぁ。客も結構入っている。渋谷は自分にはあまり縁のない街なんだが、たまには来ないとね。。。 

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映画「ラ・ラ・ランド」

2017/3/26(日)

そもそもミュージカル映画といえば「サウンド・オブ・ミュージック」と「マイ・フェア・レディ」に、せいぜい「ウエストサイド物語」位しか観た事がない中年オヤジ。それで、いきなり話題の「ラ・ラ・ランド」を観に行くのは無理があるか。夫婦50割で安いとはいえ。

大渋滞のハイウェイで、ドライバー達がいきなり歌い踊りだす。眺めの良い公園でマジックアワー。主人公達が、タップを交えて歌い踊る。いずれも、昔のミュージカルへのオマージュなんだろうけど、判らん。何故か、歌や踊りに親近感を感じない。

JAZZピアニストで、将来は自分の店を持つことを夢見る男。女優を夢見て、オーディションに落ちまくる女。そんな2人が恋に落ちて。と、よくある話。ところが男は稼ぐために、ポップスバンドでキーボードを弾き、大ヒット。一方、女は一人芝居の舞台にのぞむ・・・

音楽にもピンとこなかった。むしろ売れ線を狙った(喧嘩の種になる)ポップスバンドの曲が一番いいな、と思うオヤジはひねくれ者。本線と関係なく、プールサイドで演る曲が「テイク・オン・ミー」とか「アイ・ラン」(フロッグ・オブ・シーガルズ!)と、80年代曲なのはイイね。

とは言っても、海辺で男が歌う「シティー・オブ・スターズ」とか、成功を掴みかけたオーディションで女が歌う「ザ・フールズ・フー・ドリーム」とか、佳曲も割とある。曲を作ったジャスティン・ハーウィッツの才能は素直に認めよう。

最後のシーンもふ~んとしか思わないオヤジは、もはや恋愛感性とかが枯れたか。ビター・スウィートというより、甘すぎるぞオヤジには。前評判というか期待が大きかっただけに、ちと拍子抜け。アニメ「SING/シング」にすれば良かったかなぁ。。。

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映画「トントンギコギコ図工の時間」

2017/3/19(日)

先輩から「阿佐ヶ谷で野中先輩の映画上映が6日間あるから出撃せよ」との指令。昨年も同様の指令を受け、渋谷に「ダンスの時間」を観にいった。うちのサークルは映画サークルではなく、某体育系サークルだったのだが。先輩の指示には絶対服従じゃ(嘘)。

でも、その前に少し寄り道。昨年も顔を出したイベント「西荻ラバーズフェス」。今年も「桃井原っぱ公園」で開催する、と。到着すると、物凄い砂埃。今日は風が強いな。荻窪の書店「文禄堂」が車ごと本棚で移動書店。この風では、なかなか大変そうだ。

音楽系ステージの他に、「古本ステージ」もあって本関係のイベント・トークショーを展開している。西荻の飲食店も多数出展して、ビールとかが旨そうだ。しかし、ここは我慢。音楽を少し聴いた後、阿佐ヶ谷行きのバスに乗り込み移動。

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阿佐ヶ谷のミニシアター「ユジク」。先日も「バベットの晩餐会」を観に来たな。お~。確かにやってますね「野中真理子監督特集」6日間限定。本日の上映は「トントンギコギコ図工の時間」。2004年製作の、野中監督の監督第二作なんだ。

品川の小学校の図工の時間を描いた日常ドキュメンタリー。あれ。小学校の図工って、こんなにレベルが高かったっけ。「風神・雷神」の版画制作や、1枚の大きな板から自由に作る卒業制作。釘の打ち方や電動のこぎりの使い方から教えて、物凄く上手になっていく。

自分は図工とか技術家庭とか、苦手だったなぁ。不器用な上に根気がない。しかも心がねじ曲がっている所為か、真っ直ぐに切れない。いつか作った小さな文庫本棚は、傾いていて使えなかったなぁ(遠い目)。

最新作「ダンスの時間」を観た時にも思ったのだけれど、野中監督の「日常の切り取り方」とか「風景の切り取り方」は独特。これは才能なんだろうなぁ。まだ見ぬ処女作「こどもの時間」も、いつか観てみたいものだ・・・

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さて。映画が終わると17時半過ぎ。これは、軽飲みですね。中杉通りの旧道沿いには、まだ顔を出したことがない鰻&もつ焼き「ふみ屋」もあれば、絶対的名店の「川名」も鎮座している。でも今日は、それらの前をパスして早稲田通りを越える。

中杉通りと早稲田通りの交差点から、鷺ノ宮の方へ中杉通りを進んだ左側。今日は居酒屋「丸山」へ。前はよく通るのだけれど、実際に入って飲むのは初めてだ。厨房の前にカウンタ席が何席か。あとはテーブル席。こじんまりとした店だ。

樽生ホッピーがある。では頂きましょう。なかなか樽生ホッピーを置いてある店は、中野でも少ない。どの駅からも結構離れている「丸山」で飲めるとは、嬉しいぞ。お通しの「煮付け」を食べながら、メニューを拝見。

まずは刺身系から。一番安い「アジ刺身」をオーダ。お~。旨いじゃないですか。飲み物を一番安い酎ハイに切り替えて、と。続いて揚げ物は「メンチカツ」を。真ん丸な「メンチカツ」が登場。ソースをぶっかけて、ワシワシ食べる。ささやかな幸せ。

メニューに「皿うどん」を発見。初めて入った居酒屋でメニューに「皿うどん」がある時は、基本オーダするのがマイルール。そういえば、昼も家で「ちゃんぽん」食ったがね。結構なヴォリュームで登場。見てくれは平凡だが、旨い。酒が進む。酎ハイ、オカワリ。

我が家は鹿児島の山奥がルーツなのだが、親父は佐世保の中学を卒業。その縁もあって、まだ「リンガーハット」が進出してくる遥か以前から、「皿うどん」を求めて東京中を彷徨った。ソウルフードの一つですな。満腹じゃ。ご馳走様。また映画帰りにでも寄ろう。。。

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映画「バベットの晩餐会」

2017/2/5(日)

阿佐ヶ谷のミニシアターに出撃。そもそも阿佐ヶ谷にそんなのあったかいな。行ってみるべ。その前にまず「神明宮」にお詣り。今年初めてだ。参道では骨董市(?)をやっている。この能舞台が、毎年のJAZZフェスで山下洋輔が演奏する所ですな。

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ミニシアター「ユジク阿佐ヶ谷」発見。この階段を地下に降りていくのか。ここはもう、ほとんど阿佐ヶ谷の高級住宅地に入る際くらいという不思議な立地。JAZZ研部長に教わらなければ、来ることはなかった。しかもロック映画をお奨めされていたが、本日は全く違う映画。

「バベットの晩餐会」。1987年の公開。原作も読んでいないし、公開当時の映画も見逃した。世はバブルに向かうあたり。でも自分は貧乏で、生活に余裕はなかった。食べ物の話で、いかにも自分好みなのにね。今こそあらためて観ましょうか・・・

ユトランドというからデンマークの北の方か。寂れた寒村が舞台。時はパリ・コミューンの頃だから19世紀後半。美人姉妹の元に、パリで夫も子供も殺され全てを失った女が訪ねてくる。バベット。彼女は住み込みの家政婦となる。

月日は流れ、ある日バベットにパリから手紙が。何と宝くじが当たった、と。彼女は、その賞金の全てを使って、一晩限りの晩餐会と、そこに彼女が手配し料理したものを提供したいと願い出る・・・

なる程、良くできたストーリィ。伏線の張り方も巧い。しかし、特筆すべきは晩餐会の料理。「ウミガメのスープ」から始まって、「ウズラのパイ包み焼き」などなど。酒も「ブーブ・クリコ」、そして何と「クロ・ヴージュ」。自分には一生、ご縁のない酒だな。

キリスト教のプリミティブな敬虔さと、それを楽々と上回っていく料理の魔力。そして料理は「文化」であり、異国の料理を食べるという事は文化衝突でもある、と改めて考えさせられる。あと、料理や酒に対する蘊蓄が、どこまで必要なのか、とかね。

そうか。こういう映画も見逃していたか。これをデジタル・リマスター版で映画館で観られる愉悦。ミニシアターとか名画座の存在意義でもあるな。中央線沿線に、まだこういう名画座があるという事自体が、このエリアの奥深さだなぁ。

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帰りに阿佐ヶ谷駅まで戻ってきてビックリ。高円寺方面側の駅の高架下が、何もなくなっている。ここは商店街とか飲食店ではなかったか。何時の間に。こんなにあっさりと、街の風景は変わってしまうものなのか。

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更に南阿佐ヶ谷駅まで足をのばすと、ここでも本屋「書原」がもうすぐ閉店と。半世紀かぁ。確かに、この本屋でウルトラセブンの本を買ってもらった記憶がある。あれから50年くらいの月日は流れているな。ここもビルの建替え。人も建物も50年でガタがくるか。。。

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映画「ジギー・スターダスト」

2017/2/1(水)

風邪がなかなか治らない。春節で北京から一時帰国している友人を囲んで飲もう、という誘いもあったのだが体調に自信が持てない。申し訳ないがパス。しかし、かと言って真っ直ぐ帰るのもなぁ。そうだ。前から狙っていた映画を観て帰ろう。1日は映画が安い日だ。

デヴィッド・ボウイが亡くなって、早1年。何と、映画「ジギー・スターダスト」を上映中。アメリカ・日本等をまわって大成功を収めたツアー。その凱旋公演にあたるロンドンのハマースミス・オデオンでの1973年のライブ。テレビでは先日も観たけど、大スクリーンで是非。

未だに名盤の誉れ高いコンセプト・アルバム『ジギー・スターダスト』。そこからの楽曲と、ツアー中に作った『アラジン・セイン』からの曲が中心で、後はヒット曲という構成。オープニングは「ハング・オントゥ・ユアセルフ」。そしてタイトル曲「ジギー・スターダスト」。カッコいい。

お~。名曲「すべての若き野郎ども」だ。そして怒涛の中盤戦。「ムーンエイジ・デイドリーム」を演って「チェンジス」から「スペース・オディティ」に行く流れ。イイね。そしてバラード「私の死」!

改めて映像を観て音楽を聴くと、実にストレートなロックンロールだなぁ。しかもブギとか、イギリスの伝統の流れを踏襲したギター・ロック。当時の盟友であるミック・ロンソンのギターが実に心地よい。そして当たり前だがデヴィッド・ボウイのヴォーカルの素晴らしさ!

ガキの頃は「グラム・ロック」だ「化粧したデヴィッド・ボウイはバイセクシャルだ」などの外形情報にビビッて聞かなかった。何せあの当時、我々はようやくカーペンターズやビートルズで洋楽の入口をくぐったヒヨッコだからね。

だから自分がまともに聴き始めたのは、1980年代に入ってから。もちろん例の『レッツ・ダンス』もあったしね。1990年には東京ドームでコンサートも観ている。あの頃は「チケット余ったから行かない?」と、いろいろなコンサートに誘われたっけ。観ておいて良かった。

映画の(=コンサートの)最後は怒涛のロックンロール大会。物凄く早いテンポでストーンズの「夜をぶっとばせ」を演って、「サフラジェット・シティ」。アンコールの1曲目は「友人のルー・リードの曲」と紹介して「ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート」。イイね。

そして続けて衝撃のコメント。「これでツアーは終わりだけれど、バンドもこれで最後だ!」。自らがグラムロックの終わりを告げる一言。そして最後に「ロックンロール・スーサイド」を演るんだから凄い。

「ジギー・スターダスト」のコンセプトは「異星からやって来たジギーのロック界での栄枯盛衰」。バック・バンドは「ザ・スパイダーズ・フロム・マーズ」。火星から来たんかい。メンバー紹介でギタリストを「スージー・クワトロ。じゃなくてミック・ロンソン」と(笑)。そういう時代だ。

あと、ライブ中の「ガラスの壁にぶつかって、それを何とか開ける」パントマイムだとか、山本寛斎の衣装と早替わりを含む歌舞伎の影響とか、語ると止まらんなこの映画。これだけのライブ・パフォーマンスを1973年に。やっぱり偉大なアーティストだったなぁ。

天王洲の寺田倉庫で今、デヴィッド・ボウイの大回顧展を開催している。世界中を巡回してきて、各地で大評判なのは十分承知。でもね。チケットが高いのだよ。緊縮財政下のオヤジには映画の日に千円で「ジギー・スターダスト」を観るのが精一杯。帰ろう。。。

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映画「SUPER FOLK SONG」

2017/1/19(木)

1992年に世に出た伝説の映画「SUPER FOLK SONG」のデジタル・リマスタ版。矢野顕子がアルバム『SUPER FOLK SONG』をスタジオ録音している姿を、そのまま映像化。しかも、このアルバムは編集なしの、全て一発録り。あの音楽が生まれる瞬間そのもの。

いきなりスタジオでの矢野顕子の、どアップの顔。グランドピアノ越しにカメラで撮っている。あの歌声とピアノ! 一気に矢野顕子の世界に引き込まれる。このアルバムは、矢野顕子が他の人に提供した曲のセルフカヴァーを含め、基本的にカヴァー・アルバム。

それにしても、あの天才(誰もが認めるし、この映像を見ればすぐに判る)矢野顕子をして、レコーディングでは上手く歌えない・弾けない、で何度も何度もチャレンジを積み重ねる。まさに鬼気迫るシーンの連続。凄いぞ。

もう20年以上前の映像だから、インタヴューで出てくる糸井重里も谷川俊太郎も、皆若いね。糸井重里の映像のバックに映っている「くうねるあそぶ」の掛け軸。書いたのは多分、井上陽水。そういう時代だったなぁ。

レコード会社の三浦光紀が「デビュー・アルバムでバックをリトル・フィートに頼んだら、終わってロウエル・ジョージが泣きながら『上手くサポートできなかった』と謝って、ギャラを受け取らなかった」という逸話を披露。伝説は、ここからか。あの「リトル・フィート」がだぜ!

曲もみんな良いのだが、特に映画の後半。お~。そうか「中央線」は、このアルバム収録曲か。ザ・ブームの宮沢和史が作った、奇跡の名曲。この曲を聴くたびに、中央線に縁のある我々は涙するのであった。最後のバラードはパット・メセニーの曲か・・・

矢野顕子は実はこのアルバムの時期、1990年代半ばに一度コンサートを聴きに行っている。今は亡き新宿・厚生年金会館。いかん。映画を観たら、あの頃の思い出が蘇ってきた。帰って、矢野顕子を聴かなくちゃ。

去年の年末にNHKのBSの特番で矢野顕子のデビューアルバム『JAPANESE GIRL』の制作秘話をやっていた。ところが自分は体調不良で寝込んでいて見られず。今回の映画も約2週間の限定公開。もうダメかと諦めていたが、最後の最後に観る事ができた。

何。来週のNHK「SONGS」は矢野顕子だと。見ないと。例の特番も、再放送してくれないものかね。。。

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