中野むかし話

「旅とクラシック音楽」(日比谷カレッジ)

2019/4/10(水)

みぞれ混じりの冷たい雨。流石にコートを着用。天気が良ければ日比谷公園まで、のんびり歩いて行こうと思っていたがトンデモナイ。大人しく千代田線で霞が関駅まで移動。久々の「日比谷カレッジ」への参戦。

本日のお題は「旅とクラシック音楽」。実は先週だかもあって第二回なのだが、今回ようやく参加。何時もの地下の小ホールに行くと、舞台上に立派なオーディオセットがセッティングしてある。これとナクソスの音楽データベースで、実際の音を聴きながらのひと時。

進行は「クラシック音楽ファシリテーター」(今はいろいろな肩書があるな)の飯田有抄。良くも悪くも軽妙な解説とともに、音楽を聞かせていく。まぁ言ってしまえばNHKの「らららクラシック」みたいなもんですかね。旅と作曲家のエピソードを中心に話す。

最初にモーツァルト「ピアノ・ソナタ第8番」。確かに、いい音がするなぁ。モーツァルトが旅先のパリで母を亡くした頃に作った曲と。そしてメンデルスゾーン。クラシックの作曲家は貧乏で苦しい生活というイメージだがメンデルスゾーンはボンボンだった。だから曲が明るいと。

序曲「フィンガルの洞窟」に、交響曲第3番「スコットランド」と第4番「イタリア」。特に「イタリア」は確かに「抜けるような青空」を連想させる。音はよいのだが、欲を言えばさわりだけでなく全曲ちゃんと聞きたい所。そこはナクソスで自分で聴け、という事らしい。

続いてショパン。エチュード「革命」。そうだ。中学校の頃だか、ショパンの伝記的な本『祖国へのマズルカ』を読んだなぁ(遠い目)。前奏曲「雨だれ」。物凄く久しぶりに聴く。ショパンは聴かないからなぁ、最近。随分ゆったりした演奏。

リスト「巡礼の年」。愛の逃避行と言われてもそうですか、だな。この曲は村上春樹『田崎つくる・・・』に出てくるよね。ラザール・ベルマンの弾く全曲集、買いましたとも(笑)。今宵はイェネ・ヤンド―の演奏で。一応、かける音源は権利関係も意識しているらしい。

最後にドボルザーク。彼は鉄っちゃんだったと。交響曲第9番「新世界」から第4楽章。汽車が出発する感じを音にした? 言われればそんな感じかな。それより我々が中学校の時に、この第4楽章は吹奏楽部が演奏していた。思い出の曲。

おまけでストラビンスキーも日本を題材にした歌曲。さらにプロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」第3楽章。これも日本的音階が使われている。ふ~ん。久々にいろいろ聴きたくなったぞ。そうか。ナクソスを使えば、パソコンで膨大な音源が使えるのか。GWにやってみよう。。。

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「巨星・松本清張」展(神奈川近代文学館)

2019/4/9(火)

正直にいうと松本清張を読んだことがないんだよね。昭和の大作家。数多くの作品が、映画やテレビになっている。どうしてかな。自分とほぼ同級生の原武史は、ちゃんと読んで研究書まで書いている。自分は歴史モノでは司馬遼太郎、推理小説では江戸川乱歩だったからアンチ?

仕事で横浜に遠征。少し早く行って神奈川近代文学館に寄り道。といっても簡単ではない。石川町駅から急坂を上がって行く「港の見える丘公園」の一角。遠くにはベイブリッジ。桜とベイブリッジで写真を一枚。

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文学館に入ると、まずビデオコーナ。普通の展示なら時間がないので素通りするが、何せ松本清張をよく知らない。まずビデオでお勉強。「火の路へ」という20分程の作品。清張本人が出演。そうか。小説『火の路』は、明日香とペルシャを繋ぐ古代史モノなのか。

そして展示室へ。清張は苦労人で、作家デビューは40歳過ぎ、と。若い頃から苦労して働いていた。太平洋戦争末期には召集を受け、朝鮮半島へも。そして戦後も北九州で、朝日新聞の広告系の仕事。苦しい生活の中で懸賞小説に応募して入選。そして芥川賞をとり上京。

大きくは「歴史物」と「社会派推理小説」の2つの系統がある。歴史物では邪馬台国論争の中心にもなった。そうだよね。昭和の頃は、邪馬台国だの「日本人はどこから来た」だの、皆真剣に考え議論していた。あの熱気は何処へ。グローバリゼーションとかでつまらん国になったか。

『点と線』『ゼロの焦点』など、綺羅星のような社会派ミステリー。昭和史の歴史の暗部から繋がってくる人間模様。自分は「社会派」の響きが重くて、小説を回避してきたのかも。それでも、この「カッパ・ノベルス」の表紙群は懐かしくて涙が出そうだ。

唯一、少しかかわったのは映画「ゼロの焦点」だったなぁ。犬童一心監督の2009年版。原作も読んでいないのに、試写会で見て驚愕。そうか。こういう話であったか。日本の「戦後」の一時代に何があったのか。あれから10年か。月日が経つのは早い。

清張は遅咲きだったが83歳まで生き、特に「昭和」の事件について小説だけでなくノンフィクションでも数多くの仕事を残す。こうやって展示で概観するだけで、いかに大きな仕事を沢山してきたがわかる。もう少し松本清張も読まないとね、本読みオヤジ・・・

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「巨星・松本清張」展(神奈川近代文学館);~2019.5.12(日)

さて。パシフィコ横浜へ移動だ。「赤い靴」バスに乗り込む。途中、大桟橋付近で下車。ここらで早目の昼飯を食って、食後の散歩で会場へ向かおう。産業貿易センターの地下飲食店街へ。ここに「どん八」という名店があるらしい。これか。

ここの名物はカツカレー。まわりの皆は、ワシワシと巨大なカツカレーを食べている。しかし自分のオーダは「カツ丼セット」。倶楽部カツ動。待つこと暫し。来ました。凄いヴォリューム。カレーを見ていてある程度の想像は出来たが、ここまでデカいとは。

カツ丼の丼は、直径20センチ以上はゆうにある。そこにぎっしりのご飯が詰まり、大きなカツが鎮座。卵はレア系。ではカツから。程よい薄さで、玉ねぎと相まって旨いぞ。しかも、下のご飯部分にまで卵がツユダク。「卵ご飯」状態。これは卵を2~3個使っているのでは。

何気な心配りが嬉しいね。だから飽きる事もなく、カツとご飯を食べ進められる。この豚汁の器も巨大。いつも家で使っている味噌汁碗の3倍位はあるな。中の豚肉も切れっぱしではなく、塊肉を小さく切った逸品。漬物もヴォリュームたっぷり。

いや~。これは名店。横浜遠征に来た時に、また寄らせてもらいましょう。カツ丼も美味しかったけど、隣の人か食べていたカツカレーも凄かった。あれは「スペシャルカレー」か。ロースとヒレ両方の巨大なカツが載っている。揚げ物大王としては、あれも食わねば(笑)。

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何しに横浜に遠征して来たんだか。一応、同業者が一堂に会する全国大会。パシフィコ横浜に海側からアプローチ。風が強い。終わって何時も通り、野毛の街に繰り出そうかと思ったが、体力も財力もないので自重。腹一杯で飲めなかった、というのが真相では。。。

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「田沼武能写真展」(世田谷美術館)

2019/4/7(日)

自分は1962年の早生まれ。終戦が1945年(昭和20年)だから、我々の同級生は戦後16~7年たって生まれた世代。我々の身の回りには「戦後」が色濃く残っていた。皆でよく遊んだ「第三原っぱ」の一角には防空壕の跡があったし。生活様式にも「和」が強かった。

今回の田沼武能の写真は1948~1964年のモノクロ。戦後から我々が生まれた頃まで。でも写真を見ていくと、自分の子供の頃の世界そのものなんだよね、これが。写真の中に写っているのは自分の親父やお袋、それに自分自身かも。この世界こそ、我々の原体験。

世田谷美術館「田沼武能展」では「子ども」「下町」「街の変貌」の3つの視点から、戦後の復興から高度経済成長に進むまでの「東京」を切り取っている。まずは「子ども」。「チャンバラ」「ベーゴマ」「吹き矢」をやってる写真。今の子は、遊び方を知らんかな。

「紙芝居屋」は少し上の世代。我々の子供の頃は、ようやく白黒テレビが家に来た。「縁台将棋」をする子供達。今は藤井聡太ブームだが、昔は道に将棋盤を出してきてやってた。まわりを野次馬が囲んでね。そうそう。こうやって道路に「ろう石」とかで絵を描いたりしていたなぁ。

「下町」そして「街の変貌」。(前回の)東京オリンピックが街を大きく変えた。子供心にも、それは感じた。あちこちの川が蓋をされて暗渠になり、首都高がドンドンできていく。親父の車の助手席で首都高を走ったときの、トンネルのオレンジのランプの不思議(遠い目)。

自分に残っている「記憶」は、年々忘れ去られ美化されていく。こういう写真という「記録」こそが、過去への正しい道を思い出させてくれるのだ。別に、そんな良い時代だった訳でもないよ、あの頃は。ただ、今よりは「生活」しやすかったかもね。。。

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「田沼武能写真展」(世田谷美術館);~2019.4.14(日)

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「特別展 東寺」(国立博物館)

2019/3/31(日)

修学旅行は中学3年生の時。京都・奈良に2泊3日だったかな。二条城、三十三間堂に東大寺。法隆寺も多分行ったのだろう。でも何処も全然覚えていない。そこが何なのか、理解していなかったから。そんな修学旅行だが、最後に東寺に行ったのは何故か覚えている。

五重塔のインパクトが強かったのかね。東寺には大人になってからも、あらためて行った。その東寺の至宝が、大挙して東博(国立博物館)にやってきた。これは観ないとですね。サブタイトルは「空海と仏教曼荼羅」。そう。東寺は空海の世界観そのものを体現している。

会場に入ると、まずは「弘法大師像」。そして、いきなり現れるのが国宝「風信帳」。日本三筆の一人、空海直筆の書状。空海が最澄に宛てた手紙。本では見た事があったが、まさか実物を見る日が来るとはね。一気にテンションがあがる。この「御請来目録」も国宝だ。

次のコーナは「後七日御修法」の場を再現する配置。曼荼羅や金銅密教法具、仏像など。どれもが国宝。いや凄いな、これは。続いて「真言密教の至宝」コーナ。いや~。よくこれだけの文化財を持っているな。東寺恐るべし。

と感心していたら、トンデモナイ。最後の別室は完全にぶっ飛んでいた。東寺の講堂に安置されている21体の仏像のうち15体を持ってきて、東博の部屋に立体曼荼羅を再現。「帝釈天騎像像」のみ撮影可と。パチリ。いや~。話題になる前に、見に来て良かった。

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「特別展 東寺」(東京国立博物館);~2019.6.2(日)

「博物館でお花見」とのフレーズに惹かれて、初めて東博の裏庭も拝見。東博って、元々は寛永寺の境内だったのか。だから庭が残っていると。シダレザクラは、ちと盛りを過ぎたかな。趣のある建物は「応挙館」。こんな世界が、建物の裏に広がっていたとはね。

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さて。実は日曜日の今日も、18時集合で仕事なのだよ(泣)。花見客を横目で見ながら駅に向かう。

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仕事は予定より早く、20時半に終了。しかし。これから新幹線で移動して、明朝の仕事に備えて前泊。人使いの荒い会社だ。21時半の「ひかり」に乗り込んだら、何と超満員。自分だけでなく、みな仕事のために苦労してこの時間に移動しているんだなぁ。

22時半に静岡駅に到着。ホテルに向かう途中に、居酒屋がまだやっている。「駅南酒場」。ここは1度入ったことがあるぞ。まだ大丈夫かな。「焼き物、揚げ物は終わり」。いや一杯だけですから。「静岡おでん」の「黒はんぺん」に「牛すじ」で「静岡割り」を一杯。。。

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ベビーカーが大量に・・・ 野方「第三秋元屋」

2019/3/24(日)

いよいよ桜が咲いてきた。東京でも3/21に開花宣言。でも昨日は、寒の戻りとでもいうのか寒い一日だった。今日は良い天気で気温も上昇。中野通りの桜も、ようやく花びらが開いてきた。明日の夜、お花見宴会だから丁度良い感じになりそうだ(笑)。

昼下がりの中野サンプラザ。前の広場に、大量の乳母車(死語か 今はベビーカーっていうんだっけ?)が並んでいて壮観。何で? そうか。「おかあさんといっしょ ガラピコぷ~がやってきた!!」をホールでやっているのか。でも知らんな、そんなキャラクター。

うちの子供たちの頃は「ドレミファ・どーなっつ!」とかだった。もっと言えば、我々が子供の頃は「ブーフーウー」だから(笑)。歌のおにいさんは田中星児(「ビューティフル・サンデー」も歌ってた!)だったしね。今の若い子達と話が合わない訳だ。

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中野を一通り散歩してバンド練習に。秋の本番に向けて、練習曲は確定。あとは、ひたすら練習あるのみ。今年のGWは10連休? 全部休めるかは分らんが、少しはまとまった練習時間がとれそうだ。バンド練習も入れないと、家で煮詰まりそうだし(苦笑)。

本日は反省会なし。来週後半は、いよいよ決算に向けてのドサマワリだ。カレンダーが悪く、土日とも働かねば。今日くらいは休養かな。と思いながら、何故か足は野方「第三秋元屋」へ。18時半過ぎ。結構混んでいる。カウンタ奥の角に空きを発見。楽器を抱えて奥へ。

あれ。何だ、お隣はナオちゃんだ。お久しぶり。おフランスに出張していたとか。羨ましいぞ。今日も沖縄からの帰りと。この違いは何。まぁ毎晩飲み歩いて、週に2回もカラオケ行ってるオヤジに、金が残る訳がない。少しは金の使い方を考えたらどうだ、酒飲みオヤジ。

「マカロニサラダ」と黒ホッピーを貰い、乾杯。後は楽しく情報交換。こういう出合いがあるから、居酒屋巡りは止められませんなぁ。最後に焼き物を4本ほど貰ってフィニッシュ。さて。元気を貰ったとことで3月最終週を頑張って乗り切ろう。。。

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ささやかなこの人生・・・

2019/3/21(木)

花びらが 散ったあとの 桜がとても 冷たくされるように
誰にも 心の片隅に 見せたくはないものが あるよね・・・

1970年代に「風」というフォークデュオがあった。かぐや姫の解散をうけて、しょーやん(伊勢正三)が大久保一久と結成。いきなり「22歳の別れ」という大ヒット曲を出す。その「風」の「ささやかなこの人生」。サークルの我々世代前後で、この歌を知らないものはいない。

学生時代のサークルの一つ上の先輩が、定年を1年残して第二の人生にチャレンジすべく会社を去り、九州に赴任すると。先輩の同級生が20名ほど集まって銀座で壮行会。お前も参加せよと指令が。ただ一人、後輩として参加。使いっぱですね。

集合は12時。丸の内線で銀座に着いたのは11時過ぎ。まだ少し早い。駅から「ソニーパーク」(昔のソニービルの所)で地上に。出る途中、地階では「東京アートブックフェア」を開催しとる。アート系のお洒落な本が並ぶ。お洒落過ぎて、酒飲みオヤジには似合わないな。

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地上に出ると「アヲGINZA TOKYO」。プラントハンター西畠清順がプロデュースする「買える公園」だ。久々に見たら、植えられた木が大分入れ替わっている感じ。桜も、もう少しで咲きそうだ。ここにも春の足音が。

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会場へ向かう途中で「ギンザシックス」にも顔を出す。久々に来たら、吹き抜け部分のアートが変わっている。塩田千春「6つの船」。知らんな。まぁ確かに船が浮かんでいる(笑)。でも、ここのアートでは、やっぱりオープニング時の草間彌生のバルーンが強烈な印象だった。

「シックス」の蔦屋書店は、相変わらずの繁盛。アート系の本とかも充実していて、何時も不思議な出会いがある。だから飽きないんだよね。お。「ドラえもん」映画の公開に合わせて、ミニコーナを展開してる。「ドラえもん」も、本当に息が長いなぁ。

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壮行会の会場に指定されたのは「パセオ銀座店」。地下の部屋へ。休日の昼間。子連れのママ友軍団多し。そうか、こういう客層なのか、昼のカラオケは。我々は60前後のジジババが20数名。始まる前から怪しい雰囲気。生ビールで乾杯。

始まったのが12時過ぎ。途中、昔の事を題材にしたクイズ大会なども挟んで、後半は怒涛のカラオケ大会。もちろん我々のサークル歌ともいうべき「ささやかなこの人生」も皆で合唱しましたとも。春は別れの季節・・・

終わったのは18時過ぎ? 6時間以上、飲んでいたのか。ヘロヘロ。明日、会社あるんだよね。どうやって帰ればいいんだっけ。。。

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映画「江分利満氏の優雅な生活」(ラピュタ阿佐ヶ谷)

2019/3/20(水)

砂利道。自分が子供の頃は、まだまだ砂利が敷き詰められた道が普通であった。中野の道がアスファルトに覆われたのは昭和40年代か。雨の日には水たまりに難儀し、乾燥すれば砂ぼこりが舞い上がる。車が通れば石ころが飛んでくる。映画に出てくる子供と我々の体験は同じだ。

レク活動。会社の昼休みは、屋上でバレーボールや合唱。皆で同じことをやって楽しむ。会社生活とはそういうものだ、と子供心にテレビや映画の影響で刷り込まれていた。映画の冒頭や最後のシーンはイメージそのもの。今の若い衆にそんな事を強要したら訴えられるかもね・・・

山口瞳といえば、我々の世代の印象は「競馬」や「居酒屋」が好きなおっさん。『江分利満氏の優雅な生活』を書いて直木賞を受賞したのは1963年。我々がまだ2歳くらいだからね。だから小説『江分利満氏・・』は読んでいない。同年その原作を岡本喜八監督が映画化。

この映画も観ていなかったな。同じ阿佐ヶ谷のミニシアタでも、いつもの「ユジク」ではなく「ラピュタ」の方で上映すると。主役の小林桂樹の特集の一環。自分が生まれた頃の風俗を見てみますかね。もはや川本三郎的なジジババ生活。今日は水曜で千円なのも嬉しい。

出てくる俳優も、自分の子供の頃をつい連想してしまうから変な感じになる。主人公(小林桂樹)のどうしようもない父親を演じるのは、我らの世代の水戸黄門・東野英治郎。会社の同僚には「ウルトラマン」のイデ隊員やアキコ隊員(笑)。そういう時代だ。

基本は戦中・戦後のサラリーマンの会社や家庭での日常生活。途中、随所に登場する柳原良平のアニメも、やはりあの時代を感じさせる。そして終盤の、長い長い主人公の戦中派としてのボヤキ。酔っぱらってクダを巻くのも、昭和のサラリーマンのお約束、であった。

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映画館を出ると20時半過ぎ。明日は祝日で会社は休み。今日も「川名」に寄って帰ろう。休前日だから、結構な混雑。カウンタの一番奥から2番目に空きが。入れてもらう。おや。一番端に座っているお隣さんは、「居酒屋礼賛」さんだ。今晩は。

テレビでやっている野球は、イチローのMLBか。本日はアテに、まずは「ポテトサラダ」を。そうだ。「川名」の「ポテサラ」は、大皿で豪華に出てくるのであった。このソースが添えられているのが嬉しい。最後に「チキンセット」タレも。

時代がかわっても、居酒屋という空間はあまり変わらないで欲しいな。店主の心のこもったツマミとおもてなし。偶然の出会いと楽しい談笑。江分利満氏のように、酔っぱらってクダを巻かないように。それだけは気を付けようね、酒飲みオヤジ。。。

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映画「キングコング対ゴジラ」

2019/3/10(日)

ゴジラ映画の第3作「キングコング対ゴジラ」。第1作「ゴジラ」が1954年、「ゴジラの逆襲」が1955年公開だから、自分はまだ生まれていない。この第3作が公開された1962年に、ようやく自分は生まれた。

いかに怪獣映画好きでも、生まれてすぐに見られた訳もない。何故かこの「キングコング対ゴジラ」は、今までテレビとかでも見た事がなかったんですな。それが「神保町シアター」の劇場リニューアル記念で上映される、と。行かないと。客席は満席。8割方オヤジ(笑)。

お~。カラーなんだ。前2作はモノクロだったから、ゴジラシリーズ初のカラー作品。デジタルリマスター版だからか、物凄く綺麗な映像。それだけで得した気分。しかも音楽は伊福部昭。鉄板。呪術的な合唱曲をバックに、物語はスタート・・・

まず会社シーンが出てくるのが、リアリティを出すお約束。主人公は高島忠夫(もちろんパパの方)。若い。その妹でヒロイン役が浜美枝。会社の宣伝部長が有島一郎で、はまり役。この会社シーンとか団地シーン(これが懐かしい光景)と、後の怪獣の対比が上手い。

北極海でゴジラが復活。そうか、ちゃんと前作「ゴジラの逆襲」で最後氷漬けにされた所から、続いているんだ。一方伝説の「巨大なる魔神」を高島忠夫が南の島に探しに行くと、現れるのがキングコング。これを日本に連れてくる。

そして、キングコングとゴジラが激突。なかなか良くできたシナリオ。途中、キングコングが美女(浜美枝ね)を手に、国会議事堂によじ登るシーンは、本家「キングコング」映画への完全なオマージュ。イイね。

最後は両雄が富士山麓で最終決戦。戦いながら山を下りてきて、最後は熱海。戦いながら熱海城をぶっ壊すシーンは、流石にどこかで見た事があるな。両雄の勝敗ははっきりつかず、ゴジラは海底に沈みキングコングは南の島へ帰っていく。

いや~。久々にゴジラ映画を堪能してしまった。リニューアルオープンした「神保町シアター」。また昔の映画を上映して、我々ジジババを喜ばせてくださいな。。。

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「子どものための建築と空間」展(パナソニック汐留ミュージアム)

2019/2/24(日)

子供の頃の学び舎である桃三とか中野九中は、我々の原風景。そのころ遊んだ空間や遊具の思い出も、自分に大きな影響を。日本の「子供のための建築と空間」はどうだったのか、未来に向けてとう変わってきているかの展示。これが期待をはるかに超える面白さ。

まずは明治時代の子供の「場」。松本の旧開智学校や東京女子師範学校(現お茶大)付属幼稚園。我々の校舎の考え方や造りとさして変わらんな。大正時代の自由学園明日館。フランク・ロイド・ライト設計の建物。これ見に行きたいんだよね。池袋に残っている。

関東大震災、そして太平洋戦争。焼け野原からの復興で採用されたのは、標準化された「復興校舎」。まさに我々の学び舎は、これに近かった。廊下があって、一方に並ぶ教室群。それが70年代後半から80年代以降、フリーな感じに変わっていくと。へ~。

お~。渋谷の「東京都児童館」だ。この写真。そうだ。こういう建物と室内遊戯スペースだったよね。バスに乗って、何度もオフクロと通った懐かしの場所との不意の再会。オフクロも教育熱心だったのかね、わざわざ渋谷に通うなんて・・・

遊具も時代と共に変化。内国勧業博覧会でのウォーターシュートやメリーゴーランドのちらし。あちこちの公園にあった、不思議な形をした滑り台。それが進化すると、イサム・ノグチの「モエレ沼公園」だったり、うちの子も遊んだ昭和記念公園の子供の森だったりになる。

建物や遊具(プレイロットというらしい)の合間に挟まる、子供文化の紹介も楽しいぞ。雑誌「赤い鳥」の武井武雄の原画だったり、講談社(当時は大日本雄弁会講談社か)の子供向け雑誌「少年倶楽部」や「少女倶楽部」の実物展示だったり。

あ。何と成田享のウルトラマン系のデザイン原画だ。「ゼットン」「ゾフィー」「ウルトラセブン」「メトロン星人」。ここで出会えるとはね。前に青森県立美術館まで見に行ったら、他館で展覧会やっていて貸出中。見事に振られた。あのリターンマッチで青森も行かないと。

期待をはるかに上回る充実の展示。まさに一期一会。これだから美術館巡りはやめられませんな。。。

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「子どものための建築と空間」展(パナソニック汐留ミュージアム);~2019.3.24(日)

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映画「ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー」

2019/2/13(水)

J・D・サリンジャー。『ライ麦畑でつかまえて』は世界的ベストセラーで、今でも若い人に読まれている。人気作家だった40歳台半ばに作品を一切発表することをやめ、隠遁生活に。91歳で亡くなるまで、ひたすら作品を書き続けていたという伝説の作家。

そんなサリンジャーを描いた映画「ライ麦畑の反逆児」が公開中。若い頃夢中になって読んだ作家だから見逃すわけにはいくまい。じっと我慢して、新宿シネマカリテのサービスディに出撃。水曜は千円だからね。客席は満員。サリンジャーはいまだに人気があるなぁ。

第二次世界大戦前夜のニューヨーク。サリンジャーはコロンビア大学の創作コースへ。このコースの講師が、文芸誌「ストーリィ」の編集長。彼を定点として、サリンジャーの成長を描く視点が上手い。ケヴィン・スぺイシー、イイね。

短編を描き始め、文芸誌にも掲載された頃に第二次世界大戦が勃発。サリンジャーはヨーロッパ戦線に送られる。ノルマンディー上陸を含め、激戦を経験しPTSD(ストレス障害)に。戦争も終わり、病に苦しめられながらも創作を続ける。

精神的な苦しみを乗り越えるために、導師に導かれて禅の世界へ傾注。ホールデン・コールフィールドを主人公とした『ライ麦畑』は、出版までの紆余曲折を経て、大ベストセラーに。ところが、ベストセラー作家としての、あらたなリスクも・・・

よく出来た映画。サリンジャーを読んでいない人が観ても、感じるものが多いのでは。サリンジャーの人生と小説のセリフや主人公の内面の呟きが、見事にシンクロして不思議な世界観を生み出している。作家として「物語」を紡ぎだす苦しみも上手く描いているし。

自分がサリンジャーを最初に読んだのは何だろう。いきなり『ライ麦畑』か。いや。『ナイン・ストーリーズ』の「バナナフィッシュ」が最初かな。その後、『フラニーとゾーイ―』にハマって、グラス・サガ。全集まで読んだっけ。

自分はほとんどが野崎孝訳で読んでいるが、うちの息子は村上春樹訳で読んだか。久しぶりにサリンジャーを読み返すかなぁ。そういえば去年、金原瑞人の新訳で『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』が出たな。あの辺りからいってみますかね。。。

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PS.サリンジャーが生前、隠遁生活中に書いていた未発表原稿はどうなったんだろうか。自分が生きている内に、新作を読みたいものだ・・・

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