中野むかし話

写真展「天空から見た新宿風景」(新宿歴史博物館)

2018/6/10(日)

これまでも新宿歴史博物館では、各時代別の街の風景写真を、何回かに分けて展示してきた。その展示がひと段落したのか、今回は切口をかえて「天空から見た新宿風景」という写真展を開催中。

「天空から見た」だから、航空写真とか上からのが多いけど、今まで通り街の懐かしい風景も見せてくれる。ほほ~。一番古い写真は1928年ですか。ここまで古いと、自分どころか、自分の親父も生まれていない。

よく、こんな昭和初期の写真が沢山残っているな。西新宿の広い池みたいなのが淀川浄水場。今の高層ビル街の所ね。パッと見で分らなくても、幹線道路とかランドマークで検討をつけていくと、大体今のどの辺りの風景かが分かるのが嬉しい。

戦時下で瓦礫の山と化した新宿。そして終戦。買出し列車や闇市風景。この辺は、話に聞いたとか映像で後追いで見た世界。でもそもそも我々が生まれたのは、実は終戦から20年も経っていなかったのだよ。何だかな。

徐々に我々も生まれた後の写真に。そうか。絵画館前の池は、子供用プールとして開放されていたのか。道理で我々が学生の頃、あの池に皆で飛び込んだ訳だ。幼児期の追体験なんですな(笑)。

東京オリンピックを契機に、街はどんどん変わっていく。新宿西口広場が今の形状になったのは、1960年代後半。そして淀橋浄水場がなくなり、超高層ビルが次々に建てられていく。それでも航空写真で見ると、高層ビル用地の周りは、結構平屋の家も多かった。

早稲田界隈や四谷界隈も。こうやって見ると、新宿区も結構広いね。200枚以上の写真で振り返る「街の変遷」。中野区も、サンプラを壊す壊さないとかいってないで、こういう過去の歴史記録を、しっかりと保存・展示してもらいたいものだ。。。

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映画「セロ弾きのゴーシュ」(阿佐ヶ谷ユジク)

2018/6/2(土)

自分が幼い頃。オフクロの読み聞かせで覚えているのは『セロ弾きのゴーシュ』と『注文の多い料理店』。どちらも宮沢賢治の童話。オフクロが岩手県の出身だった、という事もあるのだろうか・・・

高畑勲が亡くなった。自分はジブリ系アニメをあまり見ていない。勿論、「トトロ」とかは子供と一緒に見たけどね。あと「アルプスの少女ハイジ」もリアルタイムで見ているか。そんな感じだから、高畑勲を語る資格はない。

でも、阿佐ヶ谷のミニシアタ「ユジク」での追悼プログラムには心を動かされた。そうか。「セロ弾きのゴーシュ」のアニメ版があるのか。これは一度、見てみたい。阿佐ヶ谷へ。「パンダコパンダ」人気もあったか、超満員の盛況。辛うじて、潜り込む。

物語が始まる。戦前の岩手辺りの田園風景。音楽はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。そうか。今更ながらゴーシュは、この曲がベースなのか。突然、雨が降り始める。曲に見事にシンクロ。高畑勲が描きたかったのは、この風景と物語なんだ。

ストーリィは原作に忠実に進む。そもそも「セロ」が楽器チェロの事だと、子供の頃は判らなかった。夜ごと訪ねてくる猫・カッコウ・狸の子に野ネズミの親子。そして「印度の虎狩り」もイメージ通りだなぁ。

いよいよ演奏会本番。そしてアンコールでのゴーシュの独奏(例の「虎狩り」ね!)。ここでゴーシュが動物達の訪問について悟るところが、良いのだよ。ほほ~。打上げでの飲み会のシーンもある。原作でも、このシーンはあるのかな。

約1時間の小品を堪能。久々に宮沢賢治を読み返して見るかな。

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所沢へ移動して、遅い昼食というか軽飲み。何時もの「百味」。相変わらずの大繁盛で、珍しく厨房前のカウンタ席へ案内される。「トリカラ」に「厚揚げ」に「ツクネ」。これで昼メシ替わりというのは、体に悪いかも。。。

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母校を訪ねて偲ぶ 中野「まいける」

2018/6/1(金)

日が長くなったとはいえ、下校時間はとうに過ぎた。校庭には人っ子一人いない。ここは我々の母校・桃園第三小学校(現・桃花小学校)。校庭の形状はかわったが、校門脇の大けやきは、何とか生き残っている。

我々の高学年の頃。一時、校庭の工事で入口が五差路方向の通用門になっていた時期もあった。ここも夕暮れ時。少し五差路の方に進むと、桃園緑道。学校帰りに、何度となく通った場所。何処もあまり変わらない。それなのに同級生が一人、旅立っていった・・・

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本当はお通夜に行こうと思った。でも、あまりに急な事で代表が行く事に。別々の中学校に進んだけど、3年前にクラス会で奇跡の再会。来月には、皆で久しぶりに飲もうと言っていたのに。皆で遊んだ母校に顔を出し、近場で献杯じゃ。

桃園緑道から中野通りに出て、五差路の方に少し進んだ路地。「かわ焼き まいける」を選択。オープンした頃に一度来て以来。4年以上来ていなかったか。口開けに客となりカウンタに。黒ホッピー。まずは献杯。やるせない。

メニューを見て、アテは「鳥刺し4種合い盛り」をハーフサイズで。「モモたたき」「ムネたたき」「ささみ」に「鶏生ハム」。そして、小学校時代の学校給食メニュー「ハムカツ」。給食のは、こんなに厚切りではなかったけどね。でも懐かしい味(涙)。

最後に、この店の名物「かわ焼き」を2本。我々は、まだ56~7歳だぜ。悲しみがとまらない。。。

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「超高層ビルは都市をどう変えたのか」(日比谷カレッジ)

2018/5/23(水)

霞が関ビル誕生から今年で50年になる。日本で初めて150mを越えたビルが出来たのが1968年。自分が小学校にあがった頃の話だ。あの頃は、高度成長期ではあったが、騒然とした時代だった。自分にとっては1971年の京王プラザホテルの誕生の方が身近。

そんな50年というタイミングをとらえて日比谷カレッジで講演会。「超高層ビルは都市をどう変えたのか」。講師の大澤明彦は思ったより若い。自分より一回り年下か。そういえば、この人の著書『高層建築物の世界史』。家で積読されているな(笑)。

超高層ビルの定義から始まって、その歴史。高さ150m超のビルは世界で約4,200棟。その3/4は2000年以降に建設されている。しかも、そのほとんどはアジア・中東で、中心は中国。超高層ビルは「新興国が作る」。だから日本もあの時、霞が関ビルを作ったと。

超高層ビルの源流は19世紀末アメリカの摩天楼。産業革命以降の「高層ビルを創る技術の進歩」と資本主義経済の確立による「高層ビル需要と建設資金」が背景。「エレベータ」と「鉄骨造」の技術がブレイクスルーだった。

ひるがえって日本では、100尺(31m)の高さ制限と、地震や台風などの災害対応の両面から、超高層ビルの誕生が遅れた。今でも丸の内などの昔のビル街では、綺麗に31mに高さが揃っていると。ほほ~。

これに対して「柔構造理論」に基づく構造計画の進歩と、「高さ」規制から「容積率」規制への転換によって、ようやく霞が関ビルが誕生した。その後、貿易センタービル、新宿の高層ビル街、サンシャイン60と続き、今一番高いのは、あべのハルカスの約300m。

1980年代までは超高層ビルの用途はオフィス・商業ビルが大半。それがバブル期以降、住宅を有する高層ビルが増加し、2000年以降の高層ビルの約6割はタワーマンション。これによって、人々の都心回帰が起こった。この流れに乗り遅れたオヤジが一人。

今、東京駅のそばの常盤橋地区に建設が始まっている再開発ビルは約390mだと。御茶ノ水から東京駅・日本橋方面に散歩する時に通る辺りね。あそこは、そんなに馬鹿でかいビルになるのかぁ。

超高層ビルの乱立は、都市の景観を大きく変えてきた。確かに、東京タワーとかは埋没しとるしな。霞が関ビルだって「どれだっけ?」という感じ。今後の課題は、人口減少社会の中での超高層ビルの高齢化問題だ、と最後に語る。

確かに人口減少社会では、都市のコンパクト化による効率化が必要。でも、日本で誰が旗を降れるのかいな。街同士の利害調整や、過去のしがらみの調整。過去の「ニュータウン」計画のなれの果てを見れば一目瞭然。

「大きい事はいい事だ」という時代ではなくなったのだよ。。。

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無念の完封負け・・・

2018/5/16(水)

昭和の子供の好きなものは「巨人・大鵬・卵焼き」と言われたもんじゃ。といっても今の若い衆には何のことか判らんか。「巨人」は「進撃の巨人」とは全く関係なく、野球の読売ジャイアンツ。老若男女、毎日テレビで巨人戦見てました。これ本当の話。

だから生まれて初めて野球を見に連れて行ってもらったのは後楽園球場。念のためいうと、今の東京ドームの前身で、当たり前だけど屋根がないので雨だと中止だった。カクテル光線に輝くグランドで、本物の王や長嶋を見た時は、結構感動した(遠い目)。

しかし、へそ曲がりのオヤジはある時から急にライオンズファンに宗旨替え。小学校の高学年か中学生の頃かな。西鉄から身売りされ、太平洋クラブ→クラウンライターと球団名が点々とする。体の前面に番号を書いたユニフォームは「腹番号」と言われ馬鹿にされた。

そんな辛い時代を経た我がライオンズ。1970年代の終わりに西武に買収され、本拠地も所沢に移してくる。そこからの黄金時代も、今の若い衆はしらんか。80~90年代に毎年のように、何度も日本一に輝いた。今の辻監督も、その黄金時代の一員だ。

近年の低迷ぶりにはファンとして心が痛む。しかし今年は何故か、開幕から破竹の勢いでスタートダッシュ。おいおい。久しぶりに期待させてくれるでないの。でも、流石にここに来て、息切れか。エースの雄星も一時的に戦列を離れてしまったしね。

昨晩は、東京ドームのすぐ傍にいながら観戦はかなわず。何でも完封負けしたとか。昨晩の蛮行で、体調は最悪。これは飲みに行く気にもなれん。そうだ。ドームに行ってライオンズの応援だ。東京ドームで見られるのは、年に1~2度の限られたチャンス。

コンビニで食料を買い込んでドームへ。チケットあるのかな。金もないので一番安い席で十分なのだが。当日券売場で、内野自由席のチケットを1,800円でゲット。2階席だが、十分じゃ。ビールより安いハイボールを買って、いざ応援。

先発の十亀は、よく頑張った。しかし打線が打てんなぁ。日曜日の5回裏に点を取って以来、一体何イニング「0」がスコアボードに並んでいるんだ。「お。清宮か」とミーハーに見ていたら、7回裏に右中間に大飛球を打たれ、それを秋山がまさかの落球(涙)。

結局3塁までいかれて、その後に犠牲フライを打たれて決勝点をとられた。9回に必死の反撃でノーアウト1塁2塁。しかし、ここまで。結局2日続けて完封負けじゃ。無念。今度は西武球場(と今は言わんのか)のホームで、また応援だな・・・

ちなみに「大鵬」は相撲の名横綱。昔は相撲は物凄くポピュラーだったのだよ。小学校の昼休みに、校庭に土俵を書いて相撲したり。だから皆、相撲の技にも詳しかった。年に一度、小学校に本物の力士が餅つきに来ていたなぁ、あの頃は。校庭で皆で見たっけ。

「卵焼き」は我々の世代では、やや疑問視されていた。カレー派が多かったから。。。

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若い頃お世話になりました 新宿「そば本陣」

2018/5/5(土)

今でこそジジイになったので、朝は早起きして、朝食を食べてから家を出る。でも、昔は酷かった。飲み過ぎ・二日酔いで全く起きられず(あれ。今も、たまにあるか)。気持ち悪い体を引きずって、会社に向かう毎日だった。

そんな時に、途中で食べて体調回復を狙うのがこの店。「そば本陣」。新宿駅東口のアルタの方から、新宿駅に入り地下へ。そうすると、出汁醤油の香りが。本にもなった新宿駅最後の小さなお店「ベルク」の前、といった方がわかり易いか。

二日酔いの朝に、ここの「かけ蕎麦」の汁がキクのだよ。今はなくなってしまったけど、「そぼろご飯」とのセットも愛用していたな。椅子席があって座れるのも、体調不良の時には助かった。改装して少し綺麗になったからは、足が遠のいているけど。

そんな昔世話になった店で、今日は久々にランチ食うべ。入口の自販機前で、考える。までもなく「カツ丼セット」を選択。倶楽部カツ動。蕎麦は、今日は冷たい方で。先に蕎麦が出てきて、カツ丼は後か席に持ってきてくれる、と。

では、先に蕎麦を頂いていますか。辛めの蕎麦汁。蕎麦も含めて、悪くない。思ったより早く「カツ丼」も到着。カツが3切というのは少し寂しいが、630円のセットでは文句も言えまい。卵のとじ加減が半熟なのがイイね。ワシワシと食べ進む。満腹じゃ。

そうか。会社生活が終わると、こういう立ち食い蕎麦屋とも縁がなくなるのかもね。今の内、あちこちの蕎麦屋に行って、蕎麦とカツ丼を食べておかないと。

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腹ごなしに新宿の街を少し散歩。あれ。旧・三越別館(大塚家具)の脇に、新しい「ディスク・ユニオン」の店。そうか。もう少し先にあった「JAZZ館」とかを集約して、こっちに移ってきたのか。紀伊國屋の上といい、最近のユニオンは店舗のスクラップ&ビルド流行り。

若い人はCDとか買わずに、ネットで音楽を聞く時代。CDとかレコードとか、実物が手元にないと安心できない我々とは考え方が違う。だから年々、ユニオンの客の平均年齢は上がっている気がする。経営するのは結構大変なのかもね。。。

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映画「さよなら、僕のマンハッタン」

2018/5/1(火)

GWの連休の狭間。普通に2日間出勤ですが何か。会社にしがみついているオヤジが、「休んで大型連休」なんて迂闊な事は出来ませんぜ。午後の2つの会議も何とか乗り越え、誰にもつかまらず。やったー! 今日は月に一度の「映画の日」だ。映画みに行くべ。

新宿ピカデリーへ。狙いは「さよなら、僕のマンハッタン」。かのサイモン&ガーファンクルの名曲「The Only Living Boy in New York」が原題とあらば、行くしかないでしょう。丁度、映画の日に上映していて良かった。てか、満員だ。みな、安い日を狙っているんだね。

ニューヨークの若者が自分の将来を決めきれずに悩んでいる。よくあるパターンだ(笑)。ある日、レストランで父親の不倫を目撃。そのねーちゃんを追いかけている内に、その彼女と出来ちゃう。ほほ~。そう来ますか。

確かに、ね~ちゃんは良い女。ケイト・ベッキンセール。そして、父ちゃんは、カッコいいけど何処かで見た顔だと思ったら、007のピアース・ブロスナンだ。母ちゃん役のシンシア・ニクソンも、上品な感じで上手い。

そして映画導入部で「ニューヨークは変わってしまった」というナレーションを語り、主人公に色々とアドバイスする謎の隣人のおっさん。ジェフ・ブリッジス。渋い。そして、この人たちの過去が立ち現れて来るとき、物語は動く。まぁ、よく出来た脚本だね。

音楽も、部屋で何気に流れるのがビル・エバンス(「ピース ピース」!)とかデイブ・ブルーベックやハービー・ハンコックだったり、ミンガスだったり。ルー・リードも。そして何よりも、重要なところでS&Gとボブ・ディラン。

ボブ・ディランは「ジョアンナのヴィジョン」。かのグレイトフル・デッドも演ってた名曲。そしてS&Gは映画タイトルにもなっている「ニューヨークの少年」。S&Gの最後のオリジナル・アルバム『明日に架ける橋』のB面の3曲目だよね。

中坊の頃、小遣いをかき集めて買ったなぁ、このアルバム。A面の「明日に架ける橋」とか「コンドルは飛んで行く」はもちろん、B面も「ボクサー」とか「バイバイラブ」とか名曲揃い。でも、その中で異彩を放っていた曲。いや~。久々に聴くかな、あのアルバム。

最後の今風のエンディング曲はピンとこなかったのは、ジジイだから仕方がない。なかなか良く出来た映画であった。でも、あまりデート向きではないかな。え。今の人は映画デートしない? この監督の作品、もう少しみてみますかね。。。

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恩師の墓参りで一献 所沢「百味」&more

2018/4/15(日)

親戚の結婚式で調子に乗って昼酒で飲み過ぎ。でも家に辿り着いたら、今度は晩飯の時間。また飲むよね、普通。どうも、更に調子に乗って赤ワインを1本空けてしまったらしい。当然、本日は絵に描いたような二日酔い。しかも雨音で目覚める。

今日は、中学時代の恩師の墓参りに行く日であった。所沢駅に11時の待ち合わせ。ヘロヘロの体を引きずって、何とかクラスメイトに合流。天気は回復。強力な晴男がいるのだろう。男女7人でお参りじゃ。そうか。先生が亡くなって、もう5年も経つのか・・・

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墓参りが終われば、当然お清め。君ねぇ。昨日も昼から飲んで、さっきまで二日酔いで死んでいなかったっけ。所沢プロぺ通りの中程。昼酒の定番の居酒屋「百味」。テーブル席が並ぶ小上がりの一番奥に陣取る。ビールで乾杯。

しかし、日曜日の昼過ぎだっていうのに、この繁盛ぶりは凄いな。人の事は言えないが、皆飲むのが好きだねぇ(笑)。途中から黒ホッピーに切り替えて、またまたヘロヘロになるまで飲んだ。

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え~。中野に戻って、更に飲むって。もはや正常な判断は出来なくなっているのだろう。西武線の中で爆睡して、多少は回復。何々。19時から別のクラスの飲み会があるので乱入する、と。まだ3時間以上ありますが。

結局、中野駅前のカラオケ屋で歌って時間を調整し。18時半には北口の「香港亭」に転がり込む怪しげなオヤジ達。結局、ここから21時過ぎまで更に飲んだ。一体、今日は何時間飲んでいるのだか。明日は月曜日。普通に会社だぞ(泣)。。。

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「みんなのうたの世界」展(杉並アニメーションミュージアム)

2018/1/28(日)

我々が幼いころから、NHKのミニ番組として定番だった「みんなのうた」。基本月替わり(?)で曲が替わっていき、もう半世紀以上続いていると。「杉並アニメーションミュージアム」で企画展を開催中。

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ここ、久しぶりに来るな。入場無料なのが嬉しい。常設展示は後回しにして、早速企画展示へ。階段を上がっていく。パネル展示もあるが、映像紹介も結構充実しているぞ。まずは「みんなのうた」の歴史をパネルで紹介。

お~。「オナカの大きな王子様」だ。小椋佳の作った名曲。これは自分が中学生の時だな。あの頃は小椋佳が流行っていた。中野九中そばのK君の家に入り浸っていて、小椋佳とか井上陽水とかを、K君の兄さんのLPでよく聴いていたなぁ(遠い目)。

こちらは「山口さんちのツトム君」コーナですか。まぁ、確かにこの曲は「みんなのうた」発の大ヒット曲ですな。いろいろ見てまわると、やっぱり自分は昭和の頃の歌中心。平成のも、自分の子供たちと聞いているはずなんだけどね。

アニメシアターで、昔の映像を順番にやっている。一番最初は「おお牧場はみどり」。これはモノクロ映像。そういえば、我々が小さい頃、テレビは最初、モノクロ映像じゃった。番組欄にカラー放送だと「カラー」と書いてあった・・・

「ちいさい秋みつけた」、絵が谷内六郎ヴァージョン、歌はボニージャックスだ。最初の放送は、自分が生まれた年か。「大きな古時計」、「北風小僧の寒太郎」(堺正章ヴァージョン)、「南の国のハメハメハ大王」。いや~。参ったね。懐かしすぎて涙が出そうだ。

それに対して平成版はアンジェラ・アキ「手紙」とか、いきものがかり「YELL」とか。これはこれでグッとくるのだけど、これが「みんなのうた」と言われてもなぁ。ちと複雑だ。今回は全体に、ひと時童心に帰る好企画だった。

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帰りに界隈を散歩。久しぶりに青梅街道沿いの書店「タイトル」に顔を出す。元リブロの人が開いた本のセレクトショップ。人文系棚の充実ぶりは相変わらず。書店系の本が増えたか。午前中なのに結構人が入っている。

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杉並公会堂まで来ると、見慣れないプレートが。何々。「ウルトラマン誕生」プレートと。「ウルトラマン」のテレビ放映が始まったのが、1966年7月。放送開始前のPR放送が、「ウルトラマン前夜祭」として、ここ杉並公会堂で公開録画中継された記念。ふ~ん。

さて。このまま荻窪駅まで行くと、昼酒の店が何軒もある。どうやって回避して家に帰るかな。。。

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「SF・怪獣映画の世界」展(近代美術館フィルムセンター)

2018/1/21(日)

先週の上野の森美術館の「生頼範義展」といい、最近中年から老年にかけてのオヤジ世代を狙い撃ちにした企画展が多い気がする。京橋の近代美術館フィルムセンターでも「SF・怪獣映画の世界」展をやっとる。「ポスターで見る映画史」第三弾。顔出さんと。

ここに来るのは「角川映画40周年展」以来か。あの時も常設展示は見たので、今回はざっと見て奥の企画展示室へ。今回は映画ポスター中心の展示。ほほ~。まずは超古典映画「メトロポリス」に「フランケンシュタイン」「キングコング」。まぁここがスタートだわな。

そして「海底二万哩」「空飛ぶ戦闘艦」といったジュール・ベルヌ物。我々が子供の頃、「80日間世界一周」を含め、ベルヌを夢中になって読んだ。あれは、子供向けのジュブナイル版だったのだろう。もう少し歳とったら、大人版をゆっくり読み直すかな。

続いてキューブリック物。「2001年」に「博士の異常な愛情」。その向かいはタルコフスキーの「惑星ソラリス」「ストーカー」。更に「猿の惑星」「未来世紀ブラジル」などなど。ポスターを見るだけで、映画の場面が思い浮かんでくる。

新時代の幕開けは「未知との遭遇」。自分が高校1年の夏。期末試験が終わって、クラスメイトと新宿の今はなきコマ劇場の映画館で観たなぁ。当時は指定席とか入替制でないので、皆で2回続けて観たが良く判らず。

お~。「スターウォーズ」シリーズのポスター。そうだよね。第3作(今でいうエピソード6)は、このポスターの通り公開時は「ジェダイの復讐」だった。いつの間にか「ジェダイの帰還」とタイトル変更になったよね。「ET」のポスターも。

80年以降の洋物SF映画のポスター群。この辺りからは、あまり観てないな。せいぜい「ブレードランナー」とか「バックトゥザフューチャー」くらいか。勿論、後半は日本の映画も。やっぱり「ゴジラ」シリーズは存在感がある。

でも「ガメラ」のシリーズにも結構愛着があって、密かに涙する謎のオヤジ。バルゴンにギャオスにバイラス。ギロン、ジャイガー、ジグラ。平成の「ガメラ3」も長男と見ている。渋谷の街をぶっ壊し、最後は京都駅での決戦。いや~、懐かしい。

小松左京物は「日本沈没」に「エスパイ」「さよならジュピター」「首都消失」。結構、観ているな。他にも「時をかける少女」もあれば、「帝都物語」もある。いや~。懐かしかったぞ。いったい自分は、何時ごろからSFを読まなく(読めなく)なってしまったのかね。映画も含めて。

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「SF・怪獣映画の世界」展(近代美術館フィルムセンター):~2018.3.25(日)

この界隈に来たついでじゃ。有楽町の「スパンアートギャラリー」で開催中の「小松左京アート展」にも顔を出す。とり・みきとか萩尾望都とか、驚きの豪華メンバーが小松左京の原作のイメージを絵に。これは楽しい。

しかも、小松左京本人が書いた漫画の原画が奥の壁面に展示されている。これが、素人とは思えないレベルの高さ。高校か大学の頃の作品? この頃から、日本列島を地震で沈めようとしていた訳ね(笑)。思いもよらぬ楽しさ。。。

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